太地シャチ捕獲事件
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- 作成日 1997年2月08日(土曜)02:57
97年2月7日、太地沖を通りかかった10頭のシャチの群れが太地の勇魚組合によって畠尻湾に追い込まれた。
【太地で何が起こったか?】
シャチ捕獲事件の経過
1997年2月7日の夕刻、関西地域のテレビ・ニュースで和歌山県で10頭のシャチが捕獲されたことが報じられた。
1日置いて2月10日の早朝6時過ぎから、太地の漁業者と水族館スタッフによる シャチの捕獲作業が始まった。捕獲対象となったのは、3頭のメスと2頭のオスの合計5頭で、オスのうち1頭はまだ小さな子どもだった。3頭はタンカに乗せられてクレーンで引き上げられ、トラックで運び去られた。5頭の中で最も大きかったメスと子どものオスの2頭は、2隻の船の間にタンカを渡し、宙づりにしてそのまま船で畠尻湾から少し離れた太地港のいけすに移送された。この間、約3時間余り。
5頭すべての移送が終わると、湾入口に渡されていた網が外されたが、残された5頭は出ていこうとはしなかった。このため、漁師が船を近づけて、モーターの音で脅すなどして5頭を湾外に追い払い、全ての作業が終了した。
5頭のシャチは、総額1億2千万円で取引されたといわれる。シャチを購入した水族館名、それぞれに運ばれたシャチの性別と当時の体長・体重は次の通り。
- 太地くじらの博物館(和歌山県太地町)
- 南紀白浜アドベンチャーワールド(和歌山県白浜町)
- 伊豆三津シーパラダイス(静岡県沼津市)
水産庁の見解「学術目的」の意味
2月25日、イルカ&クジラ・アクション・ネットワークは、他団体のメンバーとともに水産庁を訪れ、担当者である西嵜氏に今回のシャチ捕獲に関する説明を求めた。同氏は、「今回の捕獲は学術研究の目的で実施されたもので、6年前の1991年に国内の5水族館から研究計画書を添えた捕獲許可申請が提出され、その内容を水産庁内の専門機関関係者によって審査・検討した結果、年間5頭までの捕獲を許可した。研究内容は、シャチの生理・生態・習性を調べ、究極的には繁殖を目的とするもの」と説明した。また、「転売はあり得ない」としながらも、「ブリーディング・ローン(繁殖のための貸出し)の可能性は否定できない」とした。
なお、後日判明したことであるが、1991年当時、小型鯨類に関する水産庁内の専門機関の最高責任者は、シャチ捕獲について許可を出していなかった(捕獲許可申請があったことすら知らなかった)。また、6年前に5水族館から提出されたはずの「研究計画書」は、関係者ですら存在を知らず、水産庁も公表を拒否したことから、実際には存在しないか、存在したとしても計画書の形をなしていないズサンなものであったと思われる。
報道関係者の証言から、シャチの発見から追い込みまでの時間は、実際にはわずか30分程度であったようだが、公式の発表では「2~3時間かけて追い込んだ」とされ、この時間の差にも疑念が持たれた。このことは、シャチを追い込んだ後に6年前の捕獲許可が今日でも有効なのかどうかを水産庁に確認した(確認に時間がかかった)という手続きの上のごまかしのためだったと推測されるが、この点についても明確にはされないままである。