IKANとは?

海に囲まれた日本において、これまでイルカやクジラは人間が利用する資源としてのみ考えられてきました。しかし、時代とともに、人の活動領域や形態が変わり、人の活動が生き物に大きな脅威を与えていること、そのことが将来の私たちの世代にも大きく影響することがわかってきました。

今日、海に住む生き物は、気候変動による水温の上昇、海洋酸性化、汚染などたくさんの脅威にさらされ続けています。海における生態系のキーであるイルカ・クジラ類の生存は、私たちの将来にとっても重要です。

私たちはこうした認識から、イルカ・クジラをはじめとする生き物との共存をめざし、主に国内をベースに活動を行っています。

これまでの活動


1996年3月
イルカ&クジラ・アクション・ネットワーク設立
同ネットワークは、日本沿岸のイルカやクジラの現状を知り、保護を進めるため、動物保護活動団体、捕鯨に反対する団体、イルカの保護活動団体や個人など多様な主体によって組織されました。
 
1996年10月
静岡県伊東市富戸でのイルカ追込み猟に遭遇
設立して間もなく、ダイバーの人たちから、イルカが湾に追い込まれているという知らせがもたらされました。初めての抗議行動やシンポジウム、行政との交渉などを経験しつつ、捕獲枠以上のバンドウイルカと違反捕獲であるオキゴンドウの解放を勝ち取りました。
また、それまで行政の監視がないまま行われていたイルカ猟に、地元行政が立ち入ることになりました。
 
1997年2月
太地シャチが追い込まれたという知らせが入り、10頭の群れのうち、5頭が水族館用に捕獲されました。積極的な情報の発信が行われ、連日関係行政や水族館に抗議が行われ、国内外のテレビや新聞、雑誌などでも繰り返し報道されました。
 
1998年~1999年
名古屋港水族館が新館を建設し、シャチを群れで飼うことに反対し、「しゃちほこの名古屋でシャチ保護を」キャンペーンを実施しました。また、ロボットシャチを含む、新たな水族館構想について、当事者に意見を提供しました。
後、ロボットシャチが水族館に導入されました。
 
1999年7月
鳥獣保護法の改正問題から、野生生物の包括的な保護を訴える「野生生物保護法制定をめざす全国ネットワーク」立ち上げに関わり、倉澤が最初の事務局長に就任しました。
 
1999年10月
富戸で再び行われたイルカ猟のビデオを国内外に配信しました。
 
2000年
捕鯨に反対する73団体の署名を携え、イルカ&クジラ・アクション・ネットワークとして初めて国際捕鯨委員会(IWC)に参加しました。
 
2001年
2002年の下関会議に向け、グリーンピース、IFAWとともに「クジラ保護連絡協議会」を立ち上げました。
 
2002年
新・生物多様性国家戦略の局長懇談会において、フロアから海棲哺乳類の保護を 訴え、「海棲哺乳類 の保護と管理」の項を入れることに成功しました。また、鳥獣保護法改正に向けても「野生生物保護法をめ ざす全国ネットワーク」とし て80条の例外規定(多くの海棲哺乳類を除く)撤廃に向けてシンポジウムを企画しました。
 
2006年
調査捕鯨拡大と消費の減少に伴うイルカ肉の在庫増加について、IKANのレポートが共同通信を通じて全国に配信されました。また、IWC直前に外国人特派員協会で行われた記者会見により、200以上の記事が世界的に配信されました。
 
2007年
第3次生物多様性国家戦略に、海洋生物多様性保全を入れるようにヒアリング等で訴えました。
 
2008年
G8のNGOフォーラムに参加し、海洋の保全を訴えました。また、兵庫で開催されたG8環境大臣会合においては日本のNGOとして海洋の生物多様性保全の全身を訴えるとともに公海における国際合意が必要(調査捕鯨の問題)ことを主張しました。
 
2009年
名古屋で2010年に開催される生物多様性条約会議に向け、CBD市民ネットの中に海洋の部会を立ち上げました。
 
2010年5月
生物多様性条約・科学技術専門家会合に出席し、またCOP10に向けて条約事務局の海洋担当リー博士を招き、シンポジウムを企画しました。
 
2010年10月
生物多様性条約のCOP10会議では、海洋に関するポジションペーパーや消費者のための「お魚ガイド」の配布などを行いました。


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