新説「クジラが増え過ぎ」に反論

クジラが"私たちの魚"を横取りする?!

雑誌『New Internationalist』#325/JULY 2000・添付日本版14号に寄稿

このところ、捕鯨の正当性を訴えるための新説が日本のメディアに受けている。「クジラが増えすぎて、人間の消費する魚の3倍から6倍もの魚を食べている。生態系を守るためにも、世界的な食糧政策のためにも捕鯨が必要」という主張だ。

水産庁の委託を受け、調査捕鯨を代行する(財)日本鯨類研究所は「世界の海洋における鯨類の年間食物消費量」というパンフレットで、世界の海洋での鯨類による年間食物消費量を2.8 ~5.0 億トンにも上るとしている。そして、この説にさらに磨きをかけるために、北太平洋海域でこれまで行っていたミンククジラ100 頭に加え、今回はニタリクジラ50頭、マッコウクジラ10頭も捕ろうと、この7月末、捕鯨船が日本を出航した。確かにこの説は、乱獲による魚類資源枯渇に苦慮する漁業関係者にとっては福音かもしれない。これまでの商業的な漁業を改める必要もなく、その上にクジラ肉という利益まで約束されるのだから。しかし、この考え方に疑問を投げかける研究者は多い。海洋生態系はそれほど単純ではないからだ。魚の主な捕食者は大型の魚類であり、海鳥や鰭脚類も魚を食べる。クジラの餌食物は、海域によって変化し、餌となる魚は必ずしも人間が商業的に利用しているものばかりではない。ヒゲクジラの中には、繁殖期には殆ど餌を食べないものもいる。エネルギー代謝量からの推定値は、入れるデータのわずかな差によって大きく変化する不確かなものである。クジラだけ減らしても直接的な魚資源回復にはつながらない。もともと、資源枯渇を招いたのは、人間の根こそぎに捕獲してしまうやりかたに問題があるのだ。

海の自然を人間の好き勝手に改変するのが「自然破壊」でなくて何だろうか?また、それ以前に、私たち人間はもともとある海の自然をそれほど都合よく改変できるほどの知識を持ち合わせていると言えるのだろうか?

しかし、「一体だれがこんな話を信じるのだろう?」と思われるような説が日本では説得力を持ってしまう。周りを海に囲まれた小さな島国である日本にとって、もともとの動物性タンパク質の多くは海から来た。今でも生の魚--お刺し身は、冠婚葬祭、あらゆる場面に登場する定番の「欠くべからざる食べ物」なのだ。こうした背景が、捕鯨業界が次々に打ち出してくる荒唐無稽な捕鯨擁護キャンペーンに対して、無批判に近い支持を生んでいるのではないかと私は考えているが、気掛かりなのは、これが「欧米による日本たたき」という被害者意識と結びついて、いびつなナショナリズムを形成しつつあるということである。

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