IKAN号外:脱退の意味を保護側から考える
佐久間淳子特別寄稿
日本政府が2018年12月26日に、IWCを脱退すると寄託国である米国政府に、通告しました。このままなら今年6月30日をもって、脱退が確定します。
この件の報道では、「これから商業捕鯨でバリバリ捕れるぜ」というニュアンスのものがあるためか、特に海外(非日本語圏)で懸念の声が上がっています。
そうはならない、ということは、昨年末の72号で書きましたが、お読みいただいた方から、「サンクチュアリとの関係が、理解されていないようです」と教えていただきました。
そこで、サンクチュアリと、脱退によって日本が調査捕鯨を打ち切った海域、今後商業捕鯨を再開させる海域を1つの地図に落としました。
この地図は正積方位図法で描かれたもので、海も陸地も相当ゆがんでいますが、それぞれの面積比が一致しているので、今回の説明には最適です。
こうしてみると、1994年に南極海クジラサンクチュアリがIWC総会(メキシコ、プエルトバジャルタ)で4分の3以上の賛同票を得て決まって以来初めて「捕鯨の無い海」となることになります。
また、「商業捕鯨、30年ぶりに再開」はウソではないにしろ、「大撤退」と見出しを付けるべきだとわかりますね。
公海からの大撤退そのものは歓迎すべきことですが、日本政府の考えていること全体は、一国民としては歓迎とは言いにくいポイントがいくつもあります。では、どう言うべきか。
せこい! かっこ悪い! 脳天気なこと言ってんじゃねーよ!
ま、こんなところです。
残念ながら今現在は、サンクチュアリ内で「最後の調査捕鯨」が続行中で、3月上旬までは続きそうですが、それを3月末までに水揚げして終了となります。
また、6月末までは、NEWREP-NPの調査捕鯨も、続きそうです。それは、鮎川沖と八戸沖で最大80頭、200カイリの外側の公海ではミンククジラ43頭も捕獲されるかもしれません。理屈上は、日本政府としては可能な選択肢です。
さて、海域の面積からみれば明らかに捕獲頭数は減るだろうと予測は付きます。
次なるポイントはRMPの運用方法です。
日本は、IWCにオブザーバー参加することで、国連海洋法条約第65条の要件「適切な管理機関を通じて」が満たされると解釈しています。双方の加盟国がどう判断するかはここでは触れずに、捕獲可能頭数をどうするのかを考えます。
オブザーバー参加するしIWCの管理方法に準拠すると日本政府が言っているので、RMPを用いることにはなるでしょう。ただし、RMPそのものは利用するでしょうが、現在科学委員会が進めている運用試験の結果は待たないと思います。運用試験の現状報告を、水産研究・教育機構が「国際漁業資源の現況」で紹介しているのを見ると、2017年現在だと、「北太平洋のミンククジラを持続可能に利用するとしたら、100年の平均が69頭」がもっとも妥当、ということになっています。前年はこれが150頭でした。でも調査捕鯨で去年日本が北太平洋で捕ったミンククジラは170頭(沿岸127頭、沖合43頭)。これ以外に定置網で混獲された個体が100頭以上いるはずです。日本は、混獲は捕獲枠に含まれないとしています。
さて。日本はそんなRMPをどう運用するでしょうか。
そんな大きな数字ははじき出せないと予想しています。
ただ、「商業捕鯨だから、大きいモノを狙って良いので」ということにはなります。
だから、1頭あたりの肉の供給量は、増えると思われます。
あいにくこの1頭あたりの、調査捕鯨時の歩留まりが、沿岸調査では公表されていません。地域捕鯨推進協会は、ぜひ公開してほしいものです。
200カイリ内に線状に表したのが、日新丸船団(日新丸、勇新丸、第二勇新丸、第三勇新丸)の商業捕鯨海域です。線の中央部分に大きな●があるのは、かつての小笠原捕鯨の海域です。ニタリクジラを最後の最後に●頭捕った海域ですね。この線と●は、北海道沖の一部以外、調査捕鯨はしたことがありません。ここで、ミンククジラ、ニタリクジラ、イワシクジラの商業捕鯨をするのだそうです。
おそらく、メインはニタリクジラになると思います。沿岸捕鯨業者とミンククジラは重複しますので、よほど沖合でしか捕らないでしょう。そして、イワシクジラは「いない」。研究者や東京都中央卸売市場の仲卸によれば200カイリ内には「いない」らしいです。1970年代までは200カイリ内で捕っていて、その後IWCが捕獲禁止にしました。生息海域がいまは東へ行くほど多いという状況になっている、と。
ニタリはというと、2012年に実施した入札による調査鯨肉の売買で、他の鯨種にくらべて売れ行きが思わしくなかった鯨種です。「品薄ならニタリでも売れる」と言うことになるかどうか、興味深いところです。
水産庁は12月26日午後の記者向け説明会で「供給量はさほど変わらない」と説明しているので、「大半は輸入肉になる」と言ったも同然です。記者は「200カイリ内で捕れる」と理解したようですが。
さて、その輸入肉、アイスランドとノルウェーは、どう出るでしょうか。
●輸入を続けられるのか
IWCでは、加盟国同士の輸出入にとどめること(1979)、調査捕鯨の肉は主として国内消費にとどめること(1986)を、決議しています。そのため、アイスランドが2002年にIWCに再び加盟を申し込んだのも、日本にナガスクジラの肉を輸出するのが目的だったと言われているし、自国周辺での調査捕鯨を経て商業捕鯨に踏み出してから、日本への輸出を開始したのも、この決議に従っています。そのため、日本が脱退したならば、アイスランドやノルウェーは、日本には輸出できないことになる、はずだと筆者は思っていました。
ところが、この決議には拘束力がないので、加盟国たるアイスランドもノルウェーも、脱退したあとの日本にも、輸出するつもりでいるようです。
アイスランドの日本向けナガスクジラ捕獲業者、クバルル社のロフトソン氏は、報道機関のインタビューに答えて「日本政府は、商業捕鯨の鯨肉に補助金を付けて小売価格を抑えるべきでは無い」と発言しています。調査鯨肉より格段に安いことで日本市場に定着したアイスランド産ナガス肉の売れ行きに関わるからです。
アイスランドが捕るナガスクジラは、100%日本への輸出用。2018年はナガスクジラの捕獲枠161頭のところ、145頭の捕獲に終わりましたが、仮に1頭あたりの肉の生産量を20トンとすると、約3000トンのナガスクジラの肉が、日本の市場向けに用意されたことになります。この規模は、日本が近年調査捕鯨の副産物として供給してきた鯨肉の年間総量を上回ります。
ノルウェーの最近の捕獲数は、2015年には660頭、2016年には591頭、2017年には432頭で、ノルウェーの国内需要は500頭前後とみられます。これに対して2018年の捕獲枠は1278頭。日本が買うなら捕るぞ、ということでしょう。1頭2トンと仮定しても、1500トン以上になります。ノルウェーからの鯨肉輸入は、年100トン台で推移しているものの、潜在的な供給力はあるといえます。両国あわせれば、5000トン近い鯨肉を、日本のために用意できるということです。日本政府が「足りない分は輸入で」というのはこのためだと思われます。
両国に不安材料はあります。アイスランドは、ナガスクジラの捕れる捕鯨船が1隻だけ、相当古い船ですし、捕獲枠の見直しがどうなるかはわかりません。ノルウェーは、加熱調理が原則の国内需要に合わせた捕獲・解体・流通の仕方を取ってますから、刺身で食べたいとか、生肉の見た目で品質を判断する日本市場には向かないようです。わざわざ日本仕様の鯨肉を生産するために船や加工場を新造新設するとは考えにくいでしょう。
また、脱退後に加盟国からの輸入を続けていれば、IWC加盟国は、特にいわゆる反捕鯨国は一斉に反発するでしょうし、「オブザーバー参加資格」を質す動きも出るでしょう。しかし次回の総会開催は2020年、おそらく秋の開催ですから。それまでは非難決議も出せません。出たところで「非加盟国のあっしにゃあ関わりのねえこって」とタカをくくるつもりでしょう。
ここまで書いてきて、ちょっと興味深いことに気づきました。
南極から持ち帰るクロミンククジラの肉の量です。JARPA時代には、1頭あたり4.3トンでした。これがJRPAIIになると、3.7トンに落ちた。そして、NEWREP-Aでは、3.3トン、3.03トンと、さらに落ちています。限られた頭数からできるだけ肉を取り出す努力を、だんだんにしなくなっているのがわかります。3月に持ち帰る肉の量が1400トンを越えるようだと、日新丸に乗り込んだ製造員たちの努力のたまもの、ということになります。ただし、日新丸の今期の乗員数から考えると、製造員の数と経験年数は、そこまで頑張れるとは思えません。
最後の調査捕鯨で、日新丸船上がブラックな職場にならないことを、祈るばかりです。
※利用した地図は、
オンターゲット(株)というところが、Web上で自由に向きを調整でして表示させるサービスを公開してくれています。http://maps.ontarget.cc/azmap/
※朝日新聞社の言論Webサイト「WEB RONZA」に、「国際捕鯨委員会を脱退して得るもの、失うもの」として、2019年1月9日10日11日の3回に分けて掲載されました。
(上)は無料公開、(中)(下)はログインの必要がありますが、ぜひ3本ともお読みいただきたく存じます。
https://webronza.asahi.com/science/articles/index.html