日本の水産資源管理はサステナブルか
真田康弘(早稲田大学 研究院客員准教授)
2018年9月、ブラジルで2年ぶりに開催予定の国際捕鯨委員(International Whaling Commission: IWC)総会が開催される。この会議で日本政府側は、①IWC 総会の下に、「持続可能な捕鯨委員会」を新設する、②同委員会及び既に設置されている「保存委員会(Conservation Committee)」でコンセンサス合意された案については、総会の過半数の賛成で採択可能とする、との提案を上程する予定としている。法的拘束力を有する「附表(Schedule)」の改正には4 分の3 の多数を要するところ、この要件を緩和するのを狙いとする提案である。
IWC での議論が膠着状態に陥り、商業捕鯨再開支持国と鯨類保護を重視する国とで言主張が分極化していることから、下部委員会を2つに分けて「棲み分け」をし、商業捕鯨再開を支持する国々は「持続可能な捕鯨委員会」での合意に基づき捕獲再開提案を採択可能にすることを目指している。
齋藤健農水大臣が語るように「我が国は、責任ある漁業国として、全ての水産資源について科学的根拠に基づき持続的に利用していくべきだと考えている。鯨類についても例外ではなく、どのような海域であれ、科学的な資源評価の結果、十分な資源が存在するのであれば、持続的な利用を可能とする範囲で商業的な捕獲を行うことが認められるべきである1」というのが日本の公的な立場である。科学的根拠に基づく、水産資源の持続可能な利用、これが少なくとも商業捕鯨再開を支える正当性の支柱とも言えよう。
では日本の水産資源管理は果たして持続的と言えるのだろうか。「責任ある漁業国として、全ての水産資源について科学的根拠に基づき持続的に利用」しているのであろうか。今回は日本の漁業及び水産資源管理の現状について概括的に展望し、その持続性の如何について考えてみるものとしたい。
1. 日本漁業の衰退
世界では漁業は実は成長産業である。2018年7月に発表された国連食糧農業機関(FAO)によると、1950年には2,000万トンに過ぎなかった世界全体の漁業・養殖業生産量は2016年における世界の漁業・養殖業生産量は1億7100万トンと過去最高に達している(図1)。
1961年から2016年にかけて魚の消費量は平均で年3.2%上昇し、1961年に世界平均一人当たり9.0kgであった魚の消費量は平均で年間3.2%上昇、2015年には一人当たりの消費量は20.2kgと倍増した。この上昇トレンドは今後も継続し、2017年に一人当たり消費量は20.5kgに到達すると推定されている。2015年段階で魚は世界の動物性たんぱく質消費量の17%を占め、世界の32億人の人々の一人当たり動物性たんぱく質消費量の20%を占めると考えられている2。
こうしたなか、世界で「一人負け」状態に陥っているのが日本の漁業である。日本の漁業・養殖業生産量は、1984年に1,282万トンのピークに達したのち急速に減少し、2016年には436万トンと3分の1に落ち込み、減少傾向に歯止めはかかっていない。
遠洋漁業の衰退は、1970年代後半より各国がこぞって設定した排他的経済水域により日本漁船が締め出されたことが主たる要因である一方、沖合・沿岸漁業についてはマイワシ漁獲量が1980 年代半ば以降急激に減少したことが要因の一つとなっている。マイワシは海洋環境の変動により増減を繰り返すとも考えられており、これだけを見ると沿岸・沖合漁業の漁獲減は環境要因に帰するもののようにも見える。
漁獲の減少は就業者の減少としても現れている。2018年の公表された「平成29年漁業就業動向調査」によると、1961年には70万人近くいた漁業就業者数は一貫して右肩下がりを続け、2018年には約15万人と約8割減少した。世帯員数に至っては、1961年に170万人近くだったものが、2017年には22万人に激減している(図4)。漁業就業者に関しては、就労人口のうち60歳以上が全体のちょうど50%を占めており、高齢化が顕著となっている。
就業者が減少の一途を辿り、高齢化が進むのは、若い新規参集者が少ないことを意味している。2017年10月に農水省が発表した漁業経営調査によると、個人経営体の漁船漁業一経営体当たりの2016年における漁労所得は328万円で、前年比3.8%減となっている。300万円で家族を扶養するのは決して楽とは言えず、収入面で魅力のない漁業に新規参入は多く見込めないのは、むしろ当然と言える。
FAO は漁業・養殖業の生産量は2016年の1億7100万トンから2030年には17.6%増加し、2億トンを突破するのではないかと予想している。生産量
の増加は先進国平均2.4%、途上国平均20.5%と途上国が主として牽引しているが、EU 8.7%、ノルウェー16.3%、オーストラリア7.3%、ニュージーランド5.3%と、厳しい資源管理を導入している先進国はいずれも成長を見込んでいる。こうしたなか、日本は2016年に387万トンであった生産量は2030年には343万トンに落ち込み、FAOが予測した国のなかで最大の減少幅、11.5%減となると予想されている4。
2. 資源の枯渇
農水省が発表した漁業経営調査が指摘するように、2016年における漁労収入の減少の主たる要因は漁獲量の減少にある5。漁獲量は6年連続で20トンを下回り約17トンとなり、過去10年で最低の数字を記録している6。なかでも北海道の落ち込みは激しく、2016年の生産量は約86万トンと前年比14%減となり、1958年の統計以来、初めて100万トンを割り込んだ。サケ、スケソウダラ、サバ、サンマ、イカ、ホタテガイなどの大幅減が響いた結果である。2017年も前年同様不漁により80万トン台だったと見込まれている7。
漁獲量の減少は海洋環境の変化に起因するところもあろうが、資源の減少・枯渇という要因を無視することはできない。水産庁が2017年度の日本周辺水域の資源評価によると、評価対象50魚種84系群のうち、マアジ(太平洋系群)、カタクチイワシ(太平洋系群・対馬暖流系群)、キンメダイ(太平洋系群)、ホッケ、イカナゴ、タチウオなど、46%の39系群の資源状態が「低位」にあると評価されている8。しかも、水産庁の資源管理の責任者自身が語る通り、この資源評価は原則として過去20 年の資源状態をベースに「高位」「中位」「低位」と3分類しているため、「20年間、例えばずっと資源が悪ければ、結果的にはそれが普通の状態になってしまう9」。言い換えれば、資源量が20年以上前に激減しているが、20年間資源水準が低迷状態であり続けると、資源状態は「中位」と判断されてしまうことになる。
国連海洋法条約は第61 条において、沿岸国は自国が入手することのできる最良の科学的証拠を考慮して排他的経済水域における生物資源の維持が過度の開発によって脅かされないことを適当な保存措置及び管理措置を通じて確保しなければならないと定めるとともに、上記措置は最大持続生産量(Maximum Sustainable Yield: MSY)を実現することのできる水準に漁獲される種の資源量を維持し又は回復することのできるようなものとするよう求めている。また、2015年9月の国連サミットで採択されたに記載さ
れた持続可能な開発目標(SDGs)では、「水産資源を、実現可能な最短期間で少なくとも各資源の生物学的特性によって定められるMSYのレベルまで回復させるため、2020年までに漁獲を効果的に規制」し、「科学的な管理計画を実施する」と謳われている10。
しかるに、水産庁が内閣府規制改革会議求めに応じMSYベースによる資源評価を行ったところ、試算を試みた84系群のうち実際に試算できたのは32系群に過ぎず、資源量と漁獲圧力がともにMSYを上回っていたのは僅かに4系群と、全体の13%に止まった。52系群についてはデータの不足から現状では計算すら不可能であることが明らかとなったのである11。
国連海洋法条約ではさらに、沿岸国は、自国の排他的経済水域における生物資源の漁獲可能量(allowable catch)を決定しなければならないと定めている(第61条1項)。日本は国連海洋法条約の発効を受け、「海洋生物資源の保存及び管理に関する法律」(TAC法)を1996年に制定したが、施行20年以上を経過した現在でも、TACが定められているのは8魚種に過ぎない。
こうして定められたTAC すら、科学的知見から容認される水準から離れた設定がしばしば行われた。元水産庁次長で水産研究・教育機構理事長の宮原正典氏は以下のように振り返っている。
日本は、北洋漁業での漁獲量の過少報告、規制違反が横行した経験を持つ。故に水産庁では「漁獲量管理は機能しづらい」という時代が長く続いた。漁業関係者皆が厳しいTAC規制を嫌い、その顔色をうかがって緩い漁獲量管理をしてきた。神谷部長の言う「最低目標」を定める管理で、資源の維持回復ではなく、漁業者同士の利害調整に主眼が置かれてきた感がある。
結果、資源が傷み、その(最低)水準に落ちてしまった12。
3. 科学的知見の不足
国連海洋法条約第61条では、沿岸国が排他的経済水域における生物資源の維持が過度の開発によって脅かされないことを適当な保存措置及び管理措置を通じて確保するに際して「自国が入手することのできる最良の科学的証拠を考慮」するよう求めている(第2項)。FAOの「責任ある漁業のための行動規範」でも同趣旨の文言が盛り込まれるとともに(FAO 行動規範7.4.1)、「各国は、統計的に健全な分析が可能となるよう、タイムリー、完全、かつ、信頼し得る漁獲量及び漁獲努力量に関する十分詳細な統計が、国際的な基準及び慣行に従って収集され、保持されることを確保すべき」と規定している。
しかしながら、現在国が資源評価を行っている50魚種・84系のうち、生物学的許容漁獲量(Allowable Biological Catch: ABC)すなわち生物学的な観点から許容され得る漁獲量が算定できているものは41魚種・73系群、資源量が推定できているものは23魚種・40系群にとどまる13。加えて先述したとおり、54系群はデータ不足からMSYをベースにした場合、その試算すら行なうことができなかった。
さらに、国の資源評価対象とはなっていない漁獲対象種は200種以上にのぼり、このうち都道府県による資源評価が行われているのは65種程度にとどまり、しかも都道府県の評価はそれぞれ各県の海域の範囲にとどまっている14。こうした国の管理の下にはない沿岸漁業では売上伝票しかデータがないなど系統だった漁獲関連統計データは全く整備されていない場合が少なくなく、これでは科学的資源管理の前提すら存在していないと言える。
科学的水産資源管理の大前提ともいえる情報、データ、科学的知見の不足は、予算にも反映されている。
2018年度水産予算のうち資源調査の充実による資源管理の高度化に充てられる額は46億円で、予算総額1,772億円のうちの僅か2.6%に過ぎない15。この額は調査捕鯨関係の予算51億円よりも少なく、商業的な捕獲の対象とされていないクジラに対する調査予算が商業的な漁獲の対象とされている資源に対する科学調査よりも多いといういびつな予算構造となっている。
日本の水産資源管理の多くが漁業者の自主管理に委ねられ、科学的根拠に欠けているとの一部与党国会議員等からの批判に応え、2017年4月に閣議決定された水産基本計画では数量管理等による資源管理の充実や資源評価の対象種の拡大と精度向上がうたわれた16。このため2017年度の資源管理予算が43億円であったところ、水産庁は38%増の60億円を概算要求したが、結局46億円と6%増に止まった。これについては「科学的管理をしっかり行うには足りない。各県の水試(水産試験場)への予算も減り、資源量や産卵場の場所など基礎データの精度が高まらなくなる。資源状態の評価も精度が低くなり、TAC管理魚種を広げようとしても漁業者の信頼を得られない」と元水産庁次長で水産研究・教育機構の宮原正典理事長も不満の声を上げている17。
資源調査には3%にも満たない配分であるのに対し、約1,700億円の水産予算のうち約40%の7189億円と最も大きな比率を占めているのが漁港整備な
どの水産公共予算である。水産公共予算は1970年代から一挙に上昇し始め、かつては水産予算の約70%を占めてきた。小泉政権以降この比率は漸次下げられ、民主党政権下でこの流れが加速した結果、現在約40%となっているが、依然その比率は極めて高い。膨大な予算を充当されたにもかかわらず、費用対効果の観点から有効性に疑問符を付けざるを得ない事業は少なくない。
4. 小結
以上簡単に振り返ってみたように、日本の漁業資源管理は先進国のなかでも最も非持続的なものの一つと考えられ、資源の減少の結果、水産業の産業規模は縮小を続けている。
産業規模の小ささもあり、こうした水産資源管理の失敗という問題は、これまでごく一部の関係者を除き政治・社会的なアジェンダとして認識されてはこなかったが、近年ようやく内閣府規制改革推進会議や水産庁自身においても改革の方向性が探られてきている。持続可能な水産資源の利用という原則のもと捕鯨の再開を主張するならば、なおさら国内における水産資源の持続可能な利用を行う必要があるであろう。こうした「足元」での水産資源の利用について、今後の展開が注目されるところである。 (了)
1 齋藤農水大臣の参議院農林水産委員会での答弁。2018 年5 月15
日。
2 FAO, The State of World Fisheries and Aquaculture 2018 (Rome, FAO, 2018), p. 2.
3 「マイワシ・バブル」に関する記述は以下を参照。勝川俊雄公式サイト「漁業の歴史 part3」、2006 年9 月6 日。
http://katukawa.com/?p=78
4 FAO, The State of World Fisheries and Aquaculture 2018 (Rome, FAO, 2018), p. 185.
5 農林水産省「漁業経営調査報告(平成28年) 調査結果の概要」、2017年9月29日。
http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/gyokei/#r
6 水産経済新聞2017年10月2日付「16年個人経営漁労所得、3.8%減の328万円 漁獲減が大きく響く」。
7 みなと新聞2017年12月21日付「17年北海道漁業生産量、2年連続100万トン割れ確実 秋サケ、サンマ凶漁響く」
8 水産庁「平成29年度魚種別系群別資源評価(50魚種84系群)」。
9 神谷崇水産庁資源管理部長の規制改革推進会議第8回水産ワーキング・グループでの発言。規制改革推進会議「第8回水産ワーキング・グループ議事概要」、2018年1月30日、13頁。
http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/wg/suisan/20180130/gijiroku0130.pdf
10 「持続可能な開発のための2030アジェンダ」目標14.4。
11 農林水産省「最大持続生産量(MSY)ベースの評価について」、規制改革推進会議第8回水産ワーキング・グループ(2018年1月30日)提出資料、9 頁。
http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/wg/suisan/20180130/180130suisan01.pdf
12 みなと新聞2018年1月1日付「【新春座談会②】宮原氏 業界の顔色見て管理/神谷氏 日本の強み「均質性」『18年元日号』
13 農水省規制改革推進会議第17回水産ワーキング・グループ(2018年5月31日)提出参考資料、4頁。
http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/suishin/meeting/wg/suisan/20180531/180531suisan02-1.pdf
14 同上。
15 水産庁、「平成30年度水産関係予算概算決定の概要」、2017年12月。
http://www.jfa.maff.go.jp/j/budget/attach/pdf/index-7.pdf
16 水産基本計画(2017年4月28日閣議決定)。
http://www.jfa.maff.go.jp/j/policy/kihon_keikaku/attach/pdf/index-3.pdff/index-3.pdf
17 みなと新聞2017年12月27日付「来年度”資源調査“予算縮減〝科学管理〟の足踏み憂慮 「低迷に拍車」国の方針に逆行(焦点)」