イワシクジラとワシントン条約(CITES):第69回CITES常設委員会報告
真田康弘(早稲田大学 研究院客員准教授)
2017年11月末から12月初めにかけ、スイス・ジュネーブでワシントン条約の下部機関である常設委員会(Standing Committee)の第69回会合が開催され、筆者も非政府オブザーバーとして参加した。
ここでの議題の目玉の一つとされたのが、日本が北太平洋で実施している調査捕鯨によるイワシクジラの捕獲であり、日本はこの問題で各国から「これは条約違反である」との厳しい批判に晒された。そこで本小論ではなぜ北太平洋のイワシクジラの調査捕獲がワシントン条約で議論の対象とされるのか、なぜ条約違反と言われるのか、今後ワシントン条約ではどのような措置の実施が想定され得るのかについて、簡単に記すものとしたい。
1. ワシントン条約での鯨類の規制
まずワシントン条約の簡単な紹介から始めよう。この条約の正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora)」、英語の正式名称の頭文字を取って「CITES(サイテス)」と略称されている。1973年にワシントンで条約が採択されたことから、日本では「ワシントン条約」と通称されている。条約は1975年に発効し、1976年にスイスのベルンで第1回締約国会議が開催された。現在約3年に1度締約国会議が開催されており、直近では2016年9~10月に南ア・ヨハネスブルグで第17回締約国会議が開催されており、次回は2019年5月23日からスリランカ・コロンボで開催が予定されている。
この条約は条約本文の他に、付属書Ⅰ、付属書Ⅱなどにより構成される。付属書Ⅰに掲載される動植物は、絶滅のおそれがあり商業取引による影響を実際に受けている、あるいは受ける可能性があるもので、「主として商業目的(primarily commercial purposes)」の輸出入及び「海からの持ち込み(introduction from the sea)」を禁止している(条約第三条)。
ここに言う「海からの持ち込み」とは、いずれの国の管轄の下にない海洋環境において捕獲され又は採取された種をいずれかの国へ輸送することを指す、と条約で規定されている(第一条(e))。但し、何が「いずれの国の管轄の下にない海洋環境」かが不明確であったため、この後の締約国会議で採択された決議により、国連海洋法条約の諸規定に即し「一国の主権もしくは主権的権利の下におかれる領域を越えた海域を意味する」と定義された1。国連海洋法条約で「一国の主権もしくは主権的権利の下におかれる領域」とは領海、排他的経済水域、及び大陸棚であるため、魚やクジラなどについては領海及び排他的経済水域を超えた公海での漁獲・捕獲が、サンゴなど海底に付着している生物については、領海、公海、排他的経済水域、及び大陸棚を超えた海底での採取が、「海からの持ち込み」に当たることになる。
付属書Ⅰ掲載種に関して学術・研究目的等の「主として商業目的」ではない輸出入及びを行う場合には、輸出国の輸出許可と輸入国の輸入許可双方が必要になる。「海からの持ち込み」を行う場合、持ち込まれる国からの許可が必要である。
付属書Ⅱには、現在必ずしも絶滅のおそれはないが、輸出入を厳重に規制しなければ絶滅のおそれのある種、あるいはこれらの種の輸出入を効果的に取り締まるために規制しなければならない種が掲載される。付属書Ⅱに掲載された種については、輸出入に際しては輸出国の許可、「海からの持ち込み」に関しては持ち込まれる国の許可が必要である。
鯨類については、ホッキョククジラ、セミクジラ、コセミクジラ、ミンククジラ(西グリーンランド個体群を除く)、ミナミミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラ、シロナガスクジラ、ツノシマクジラ、ナガスクジラ、ザトウクジラ、コククジラ、マッコウクジラ、トックリクジラなどが付属書Ⅰに掲載され、付属書Ⅰに掲載されていないクジラ目全種が付属書Ⅱに掲載されている。日本は附属書I掲載された鯨類のうち10種(ミンククジラ、ミナミミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラ、ツノシマクジラ、ナガスクジラ、マッコウクジラ、ツチクジラ及びカワゴンドウ、オーストラリアカワゴンドウ)について留保を付しており2、したがってCITESにおける商業的輸出入の禁止措置に拘束されない。但しイワシクジラについては、北太平洋の個体群並びに東経0度から東経70度及び赤道から南極大陸に囲まれる範囲の個体群については留保を付しておらず、これについてはCITESにおける規制に従う国際法上の義務がある。
2. イワシクジラの調査捕獲とCITESでの「海からの持ち込み」
現在日本は南極海でミナミミンククジラを、北太平洋ではミンククジラとニタリクジラを調査名目で捕獲している。捕鯨の国際的管理を規律する国際捕鯨取締条約第8条で科学調査を目的としたものについて締約国は条約上の規制に関わらず捕獲許可を発給することができるとの規定があることから、日本はこれを拠り所として調査捕鯨を実施している。
CITESでは上記のクジラのいずれについても付属書Ⅰに掲載されており、上述の通り日本は北太平洋のイワシクジラについて留保を付していない。現在日本は捕獲したクジラを他国に輸出していないことから、輸出入に関するCITESの規制に抵触する可能性はないが、北太平洋の公海でイワシクジラを捕獲しているため、CITESの「海からの持ち込み」規定に服する必要がでてくる。
CITES「主として商業目的」ではない「海からの持ち込み」を行う場合、持ち込みがなされる国の「管理当局」から事前に証明書の発給を受けている必要がある。この証明書は、当該持ち込みがなされる国の「科学当局」が、当該持ち込みがその種の存続を脅かすこととならないと助言し、かつ、当該持ち込みがなされる国の「管理当局」が、捕獲されたものが「主として商業目的」のために使用されるものでないと認めた場合にのみ発給される(条約第三条五項)。日本はクジラの海からの持ち込み関して水産庁を「管理当局」及び「科学当局」に指定しているため、調査捕鯨に関して国際捕鯨取締条約の下の許可を発給し捕鯨を推進している水産庁自身がCITESの証明書も発給することができることになる。
では締約国は自らの「これは主として商業目的ではない」との判断のみに基づいて「海からの持ち込み」を許可する証明書を発給できるかというと、必ずしもそうではない。というのも、CITESは1985年に開催された締約国会議で採択(2010年に改正)された決議5.103により、条約第三条に規定する「主として商業目的」の語の解釈に縛りをかけているからである。
同決議の「一般原則」第1項から3項までは以下のように規定している。
- 付属書Ⅰ種の取引はとりわけ厳格な規制の下に置き、例外的状況下においてのみ許可されるものでなければならない。
- 一般的に「商業的」活動とは、その目的が(現金であるか否かにかかわらず)経済的利益を得るためのものであり、再販売、交換、役務の提供、もしくはその他の形態の他経済的利用もしくは経済的利益のために行われるものを言う。
- 「商業目的」の語は、完全に「非商業目的」とは言えないいかなる取引も「商業的」と見做されるよう、輸入国により可能な限り広範に定義されるべきである。この原則を「主として商業目的」の語に当てはめた場合、非商業的側面が明らかに支配的である(clearly predominate)とは言えない全ての利用は主として商業的性質を有すると見做されるべきであり、付属書I掲載種の輸入は許可されるべきではない。付属書I掲載種の使用目的が明らかに非商業的であるとの挙証責任はかような種の輸入を求める個人もしくは団体に存する
調査捕鯨で捕獲されたクジラは鯨肉として国内で販売されているが、日本政府はこれを国際捕鯨取締条約第八条二項に依拠して正当化している。すなわち、同条同項では「特別許可書に基いて捕獲した鯨は、実行可能な限り加工し」なければならないと規定されているところ、日本はこれを「捕獲したクジラは可能な限り鯨肉として利用しなければならない」と解釈し、この解釈に基づいて「捕鯨条約に規定されているので、調査捕鯨で捕獲したクジラは鯨肉として利用しなければならないのだ」と主張している。
しかし、上記の主張が正当なものであると仮定したとしても、そのことがCITES上の義務を免れる論拠にはなり得ない。特定の条約の条項を遵守したことが、他の条約の他の条項における条約上の義務を免れる言い訳にはなり得ないからである。日本の調査捕獲されたイワシクジラは鯨肉として流通している事実を鑑みた場合、これは「完全に「非商業目的」」「非商業的側面が明らかに支配的」と言えるか甚だ疑問であるということになる。事実、この問題は初代CITES事務局長(任1978~1981)を務めたピーター・サンドが2008年に著した論文によって既に指摘されていた4。
3. CITES事務局の動き
CITESでは、付属書Ⅰまたは付属書Ⅱに掲げる種が取引によって望ましくない影響を受けていると認められる場合、またはこの条約が効果的に実施されていないと認められる場合、条約事務局は当該情報を関係締約国の管理当局に通告しなければならないと定めている(条約第十三条一項)。事務局は2016年の締約国会議直前に開催された常設委員会の場で、日本によるイワシクジラの「海からの持ち込み」に対する証明書発給に関して、上記条項に関する事前段階的な協議として日本と文書を通じた情報交換を行い、結果を次回の常設委員会に提示すると報告し5、これと前後して日本と二回にわたり情報提供の要請を行った。これに基づき2017年に開催された常設委員会で事務局から報告が行われ、常設委員会で審議されることとなった。
事務局は2016年9月12日に1度目の情報提供要請を行い、これに対して日本側は9月22日付のEメールで回答を行っている。このメールで日本側は①2016年に90頭のイワシクジラを捕獲したこと、②管理当局として水産庁が証明書発給を行ったこと、③イワシクジラの捕獲は科学調査目的であるので「主として商業的目的」には該当しないこと、④国際捕鯨取締条約では第八条二項で「捕獲したクジラは可能な限り鯨肉として利用しなければならない」から鯨肉を利用しているのであり、同条約同条一項での科学調査目的の捕獲を認める条項に基づき実施しているのだから、商業目的には当たらないこと、を主張した6。
しかし先述のように、国際捕鯨取締条約の規定に仮に基づいていたとしても、それがCITESでの規定に合致することを保証するものではあり得ず、これでは事務局側が欲している情報を何も伝えていないに等しい。そこで事務局は2017年9月22日付で、今度は正式な事務局発出文書の形式で、同年の日本の134頭のイワシクジラ捕獲に関し、捕獲されたこれらのクジラの肉がどのように利用されるのか、その利用によって生じる収益金は何に充当されるのか等について、より詳細な情報を求めたいとの要請を行った7。
4. 常設委員会での議論8
常設委員会は2017年11月27日(月)から12月1日(金)の5日間、ジュネーブ国際会議場で開催された。場所はジュネーブ国際空港から車で十数分のところにあり、周辺には徒歩数分のところに「パレ・デ・ナシオン」と呼ばれる国連ジュネーブ事務所や国連難民高等弁務官事務所、国際電気通信連合など国際機関の事務局が立ち並んでいる。国際会議場は機能的なつくりである一方、高級掛け時計が随所にあるところがスイスらしいと言えるだろうか。委員会が開催された一番大きな会議場は日本の国会のようにひな壇状になっており、一番前方に常設委メンバーが並び、その後に常設委メンバーでない各国政府、国際機関、NGOの順で席がある。
イワシクジラの問題は、会議1日目の午後早速審議された。まず事務局からの本件に関して事務局が予め用意しウェブサイトにアップしていた文書をもとに経緯の説明等が行われる。事務局代表は先述した日本とのやり取りを紹介した後、その文書作成時には届いていなかった日本からの2度目の返答について説明した。ここで事務局は「日本からは10月20日に回答があった」としながらも、その内容は「簡素(succinct)」で「最小限な(minimally)」なものでしかなかったとし、特にどのようにして日本の当局は主として商業的目的でないと判断したのか等についてさらなる情報提供の要請を行った、と報告した。加えて、①日本に対して事務局が調査団を派遣して本件を調査すること、②その結果と勧告を次回の常設委員会で報告する、との常設委員会で決定したい、と事務局作成の決定案を紹介した。
この後まず本件に関して最初に発言したニジェールは「日本は情報提供に関する期限を守らなかった。日本と事務局との情報交換は2016年に遡るにもかかわらず、日本からクジラの使用と収入等々に関する情報が提供提示されていない」と批判するとともに、CITESの履行手続に基づく正式な警告(official warning)を日本に対して与えるべきだ、と発言した。続いて発言したニュージーランドは「事務局が本件について調査する必要がある。我々が知りたいのは主として商業的目的か否かだ」とし、調査団派遣提案に関して支持を表明した。グアテマラも、ニジェールとニュージーランドの意見を支持する発言を行った。
これら発言に対して次に発言した日本の水産庁の担当者は「ニジェールは日本が情報提供に関する期限を守らなかったと言っているが、それは間違いだ。日本は期限通りに情報を提供しているではないか。日本は事務局からの要望に真摯に答え、可能な限り早く情報の提供を行ってきた」と強い調子で反駁するとともに、現在実施されている北太平洋での調査捕鯨について時間を割いて説明した後、これが国際捕鯨取締条約八条の規定に基づいていること、同条により鯨肉はむしろ可能な限り利用しなければならないこと、同条約に依拠した調査捕鯨であるので「主として商業的目的」にはあたらないのは明らか(obvious)だ、と約8分にわたる発言の中で主張した。しかし縷々指摘したとおり、捕鯨条約の規定を援用したところで、それはCITESの規定に合致することを立証するものとはならない。
日本側の感情がこもってはいるが内容の乏しい発言は、この後に続く各国代表からの更に手厳しい批判を誘発することとなった。セネガルは、「日本自身が鯨肉販売を促進させている。イワシクジラは付属書Iに掲載されており、最大限の保護が必要であるにもかかわらず、日本政府自身が鯨肉販売を即してしており、これは条約の趣旨に反するものだ」と主張するとともに、「これはCITES違反であり、直ちに停止されるべきだ。日本に対して直ちにイワシクジラの海からの持ち込みを止めるよう要請する」との一歩踏み込んだ発言を行った。オーストラリアとメキシコからも調査団派遣に関する事務局案への支持が表明された。アルゼンチンは「CITESでは義務を守らない国に対して常設委が取る措置が決議により定められており、そのなかには取引停止勧告も含まれる」と前置きした上で、「イワシクジラは2002年からずっと捕獲されており、これは取引停止勧告に値する」と批判した。ケニアも「今回の常設委で何らかのアクションを取るべきだ。日本のイワシクジラの海からの持ち込みは、条約第三条違反だ」と主張した。米国も「オーストラリアやその他の国の意見に賛成だ」とし、「得られた情報から鑑みて、日本のイワシクジラ捕獲は条約第三条違反である」と明言した。EUは「日本からの情報の提供が限定的だ」と述べた後、さらに一歩踏み込み、「常設委は事務局に対して日本が本常設委閉会後60日以内に必要な情報を求めるべきであり、このデッドラインまでに日本が情報を提供しない場合、あるいは情報が不十分である場合、郵便投票を通じてイワシクジラに対する取引停止勧告を実施すべきだ」と発言した。政府代表としては唯一日本に対して親和的な発言をしたアンティグア・バーブーダも「おそらくここで必要なのは、CITESの義務と国際捕鯨取締条約の義務との調和(reconciliation)である。CITESの義務を果たそうとすれば、日本は国際捕鯨取締条約の義務を破ることになってしまう」と述べ、日本のイワシクジラの捕獲がCITES上合法であるとの立場を取らなかった。
各国からの辛辣な批判に対し日本は再び発言を求め、「日本は常にCITESの規定に従って行動してきた。情報が限定的となぜEUが言うのか理解し難く、この批判は完全に根拠がない(baseless)」と激しい口調で反発するとともに、事務局からの調査団派遣提案についても、「条約第十三条には調査団派遣に関する規定は存在せず、当該調査団派遣の必要はない」と反対姿勢を明確にした。
今回の常設委は議題が極めて多数にのぼるため、会議冒頭から議長9が繰り返し「発言はできるだけ内容を絞って簡潔に」と各国に念を押していたにもかかわらず、日本からかなり長くかつ激しい口調の発言が繰り返されたことから、ここで議長が「発言は常設委での決定案に関するものに限定して欲しい」と各国に対し発言に対する自制を求めるとともに、「議場の多数意見では調査団が必要だと言っている」と前置きし、「『常設委が日本に対して調査団を招請するよう要請する』との決定を行うことでまとめたい」と発言した。
これ対してニジェールは再び発言を求め「ただ単に調査するだけでは十分ではない。日本に対して条約の文言を遵守するよう警告をする必要がある」と繰り返すとともに、EUやケニアのより踏み込んだ提案に同調する姿勢が示された。そこで議長が「種々の意見があるのでその中間をとり、やはり日本が調査団を招請するし、また日本からの情報を得た後に次回の常設委で判断するというかたちにしたい」との提案を再度行い、カナダとオセアニア地域代表から議長提案に対する支持が表明された。そこで議長が「常設委メンバーから発言要請がないので、上記で合意されたと判断する」とまとめ、日本がなおも発言を求めて食い下がろうとしたところ、「日本が発言を求めて手を挙げているが、時間がないのでこれで結論とする」と押し切ろうとした。
これに対して日本はさらに反発、「議事進行異議あり(Point of order)」と大声を上げて発言を求めた。会議でpoint of orderが発議された場合、議長は発議者に発言を許さなければならない。したがって議長が直ちに日本を指名すると、日本は「日本が調査団を招請するとのことだが、これに関して我が国から財政的支出をする必要があるのか。もしそうであるなら我が国の財政当局と話をする必要がある」と抵抗し、「調査団派遣の法的根拠を提示すべきだ」と議長に要求した。これに対し議長は「調査団派遣の費用は事務局側が持つ」と述べるとともに「調査団派遣といった手続きは条約第十三条に基づく標準的な手続き(standard practice)となっている」と日本の主張を斥け、結局投票に付されることなく調査団を派遣し次回の常設委で事務局が調査結果の報告と本件に関する勧告を行うとの議長案が採択された10。但しこの後EUから「これでは緊急性が失われてしまう。日本から情報を受領後、郵便投票により決定を下すべきだ」との懸念が表明されている。
5. 今後予想される展開
以上のように、日本のイワシクジラの「海からの持ち込み」については各国から厳しい批判が寄せられたことから鑑みて、次回の常設委では日本に対して何らかの措置が行われる可能性が少なくない。では、どのような展開が想定され得るのか、以下簡単に示したい。
条約の遵守手続については決議14.3に詳細が規定されており、常設委員会は、a)条約の下での義務への全体的遵守のモニタリングと評価、b)条約の下での義務への遵守に関する締約国への助言と支援、c)情報の検証、d)遵守措置の実施、を処理するとされている11。
もし遵守問題が解決しなかった場合は、非遵守締約国に対し、①支援の提供、②特別報告書作成の要求、③書面による注意喚起(caution)の発出による、対応要請あるいは支援の申出、④特定の実施能力強化(capacity-building)活動の勧告、⑤当該締約国の招請による、国内支援、技術評価、検証ミッションの提供、⑥非遵守状態であるとの警告(warning)の発出、等を行うことができる12。今回の調査団派遣は上記⑤に該当すると言え、ニジェールの発言は上記⑥に該当する。さらに締約国が遵守達成の意志を示さない場合、最も厳しい措置として、CITES掲載種ののうちの特定種あるいは全ての種に対する商取引または全取引(商取引であるか否かを問わない)の停止(suspension)を勧告することができる13。従って日本は最も厳しい場合、この取引停止勧告を受ける可能性がある。
たとえ取引停止勧告まではゆかなくとも、日本が否定的評価・反応を常設委で受ける可能性は今回の各国の発言からも明らかである。常設委は基本的にコンセンサスで行われるが、議長もしくは2地域以上の常設委メンバー14からの要請があれば単純過半数による表決により決定を行うことができる15。実際今回の常設委でもセンザンコウの取引について表決が行われ、中国の反対を押し切って勧告案が可決されている。
最も厳しい措置である取引停止勧告はCITESで履行確保の手段として頻繁に用いられており、2017年8月1日現在、30カ国がこの勧告を受けている。うちジブチ、ギニア、ギニアビサウ、リベリア、モーリタニア、ソマリアの6カ国が全てのCITES掲載種の商取引の停止勧告、アフガニスタンとグレナダの2カ国が、全てのCITES掲載種の取引停止勧告を受けた状態にある16。条約第十四条では、各締約国は付属書掲載種をCITESでの規制よりも厳重に規制したり取引を停止したりすることができると規定しており、取引停止勧告はこれに基づいている。
この措置はあくまで勧告にとどまり、締約国は取引停止を実施する法的義務はない。しかしCITES締約国が取引停止勧告をもとに実際に取引を停止することを通じ、またこうした措置の発動あるいは継続を回避したい非遵守締約国の取り組みを通じ、この勧告は履行確保のための有効な手段として機能していると指摘されている17。例えば1985年から2013年にかけて43カ国に対して全てのCITES掲載種商取引停止勧告がなされたが、特定の国に対して行われた取引停止勧告の事例のうちの8割以上については、非遵守国が必要な措置を行ったとして同取引停止勧告が1年以内に解除されている18。
イワシクジラの取引停止勧告を受けた場合、日本は捕獲したクジラを鯨肉にして海外に販売してはいないため、実害は存在しないことになる。しかし所謂先進国で現在取引停止勧告を受けている国は存在しておらず、ただでさえ留保数22と締約国中で2番目に多い日本でのCITESにおけるにおける評価を下げる結果となろう19。
日本が何ら不遵守に対する是正措置を取ろうとしない場合は、最悪の場合掲載種全ての商取引あるいは全ての取引に対する取引停止勧告もCITESでは可能であり、仮に全ての取引に対する停止が勧告された場合、これには付属書Ⅱ掲載種の商業的輸出入はもとより、付属書Ⅰ掲載種の動物園や水族館に対する輸出入や学術研究目的の輸出入など、主として商業的でない付属書Ⅰ掲載種の日本への輸出入をCITES締約国が禁止することもあり得ることになる。
6. おわりに
以上のように、常設委員会は日本に対して事務局からの調査団派遣を招請するとともに、2018年10月ロシアのソチで開催される次回会合で事務局が報告と勧告を行う旨を決定した。これに対して齋藤健農水相は11月29日の閣議後記者会見で「商業目的でないことを丁寧に説明したい」として応じる意向を示しているが20、これまでも日本側からはCITES違反ではないとの説明ができていないことから鑑みて、調査団を納得させることは困難ではないかとも考えられる。そうであった場合、次回の常設委員会での日本に対する風当たりはさらに強くなることが予想される。
そもそも日本がイワシクジラに対して留保をしなかったことは、捕鯨を推進する側からしても「失策」と言えよう。さらに筆者が会議を傍聴して感じたのは、感情的なトーンで自国の立場を主張し他国への反論を試みるという今回の日本側の態度は、捕鯨を維持・推進するとの立場からの外交交渉としてもまずいのではないかという点である。外交交渉とは、自国の主張や立場を通すのが目的なのであって、主張や立場を声を張り上げて一方的に述べ立てることが目的ではない。勿論時宜にかなっていれば時として強い態度に出て相手の譲歩を迫るとの外交戦略もあり得るのだが、CITESのような多国間交渉で、しかも多数の支持を得る何の勝算もなく、説得力を有する説明も行わなければ、いたずらに他国やNGOからの批判や反発を増やすことにしかならない。
付言すると、イワシクジラの問題で日本が否定的な態度を取り続けた場合、日本に対して他の問題点が常設委で提起される可能性すら存在している。先述の通り、日本はクジラに関してCITESでの指摘が義務付けられている管理当局と科学当局がともに水産庁になっている。ところがCITESは、全締約国は管理当局から独立した科学当局を指定すべきであるとの決議を採択している21。日本のイワシクジラの「海からの持ち込み」がCITESに違反すると問題提起を行ったピーター・サンドは、クジラに関して日本の科学当局と管理当局が同じである点もCITESに違反していると指摘している22。この問題は2007年に英国からCITES事務局に問題提起されたことがあるものの、常設委員会等CITESの場で公式に審議されたことはない23。しかしながら、ソチでの次回常設委員会でこの問題が蒸し返されないとは言い切れない。なお、ルワンダとアフガニスタンが科学当局を指定しなかったことを理由として1999年から2002年の間に取引停止勧告を受けたことがある24。
現在の北太平洋のイワシクジラの捕獲が「主として商業目的」に該当せず、条約違反ではないと主張することは非常に困難である。であるならば、最も簡単な解決策は、少なくともイワシクジラの捕獲を中止することであろう。現在の北太平洋でのイワシクジラ調査捕獲の主要目的として日本側が挙げているのは、このクジラに対する商業捕鯨が再開された場合の捕獲頭数の計算をより精緻化することであり25、同時に捕獲されているミンククジラとはこの点で直接の関係を有していない。したがってイワシクジラの捕獲を中止したとしても、日本側が主張する調査捕鯨のミンククジラに関する調査目的を大きく阻害することにはならない26。以上から鑑み、イワシクジラの北太平洋での捕獲は、少なくとも公海部分については中止するほかないと考えられよう。
1 CITES, Conf. 14.6 (Rev. CoP16), “Introduction from the sea,” para. 1.
2 経済産業省、「ワシントン条約について(条約全文、付属書、締約国など)」、http://www.meti.go.jp/policy/external_economy/trade_control/02_exandim/06_washington/cites_about.html(2017年12月26日アクセス)。
3 Resolution Conf. 5.10 (Rev. CoP15)
4 Peter Sand, “Japan’s ‘Research Whaling’ in the Antarctic Southern Ocean and the North Pacific Ocean in the Face of the Endangered Species Convention (CITES),” Review of European, Comparative & International Environmental Law, Vol 17, No. 1 (2008), pp. 56 – 71.
5 Sixty-seventh meeting of the Standing Committee Johannesburg (South Africa), 23 September 2016, Summary Record, SC67 SR, p.7.
6 Sixty-ninth meeting of the Standing Committee, Geneva (Switzerland), 24 November - 1 December 2017, “Compliance Report,” SC69 Doc. 29.1 (Rev. 2), pp. 3 – 4.
7 Ibid., p. 4.
8 本項での各国の発言は、筆者のボイスレコーダーによる録音記録に基づく。この他、会議での各国の発言を簡単に記録しているものとしては以下を参照。Earth Negotiations Bulletin (ENB), “Summary of the Sixty-Ninth Meeting of the CITES Standing Committee,” December 4, 2017, http://enb.iisd.org/vol21/enb2199e.html (accessed on December 26, 2017).
9 今回の常設委ではカナダ環境・気候変動省でCITES・国際生物多様性担当マネジャーを務めるCarolina Caceresが議長を務めた。
10 CITES, SC69 Sum. 2 (Rev. 1) (27/11/17) – pp. 1 – 2.
11 CITES Resolution Conf. 14.3, Annex, para. 12.
12 Ibid., Annex, para. 29.
13 Ibid., Annex, para. 30.
14 常設委員会は各地域代表、条約寄託国(スイス)、前回及び次回締約国会議ホスト国により構成される。地域代表は現在アフリカ5カ国、アジア3カ国、中南米カリブ諸国3カ国、欧州4カ国、北米1カ国、オセアニア1カ国の構成となっている。常設委員会で投票権を有するのは原則として地域代表のみであり、寄託国のスイスは可否同数の場合のみ投票権を有する。
15 Rules of Procedure of the Standing Committee, Rule 24 and Rule 25.
16 CITES, “Countries currently subject to a recommendation to suspend trade,” https://www.cites.org/eng/resources/ref/suspend.php (accessed on December 26, 2017).
17 例えば、以下を参照。Rosalind Reeve, Policing International Trade in Endangered Species: The CITES Treaty and Compliance (London: Earthcan, 2002).
18 Peter H. Sand, “Enforcing CITES: The Rise and Fall of Trade Sanctions,” Review of European Community & International Environmental Law, Vol. 22, No. 3 (2013), pp. 255 – 256.
19 留保数が32と最も多いのがパラオであり、鯨類に対する留保が多いこともありアイスランドが22種と留保数で日本に並んでいる。
20 みなと新聞2017年12月1日付。
21 CITES, Conf. 10.3, “Designation and role of the Scientific Authorities,” para. 2.
22 Sand, “Enforcing CITES,” pp. 261 – 262; Reeve, Policing International Trade in Endangered Species, p. 153.
23 Sand, “Enforcing CITES,” pp. 262 – 263.
24 Notification to the Parties No. 1999/24, “Parties that have not designated Scientific Authorities,” March 12, 1999; Sand, “Enforcing CITES,” p. 262.
25 Government of Japan, “Research Plan for New Scientific Whale Research Program in the western North Pacific
(NEWREP-NP)”; 水産庁、外務省、「新北西太平洋鯨類科学調査計画の概要について」、2017年6月、http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/attach/pdf/index-7.pdf(2017年12月26日アクセス)
26 なお、仮にIWCで北太平洋での商業捕鯨が容認されたとしても、日本がCITESの締約国である限り、公海でのイワシクジラの商業捕鯨は、「主として商業目的」に他ならないため、CITESでイワシクジラを付属書I掲載から外すさない限り、実施することができない。但し、現在大型鯨類が付属書Iに掲載されている大きな理由は、IWCが商業捕鯨モラトリアムを実施していることにあるため、商業捕鯨モラトリアムがイワシクジラについて解除されたならば、そのことはCITESで付属書Ⅰ掲載から外すよう求める論拠となり得よう。