日本の新調査捕鯨計画(NEWREP-A)とIWC科学委員会報告
真田康弘(早稲田大学地域・地域間研究機構/法政大学大原社会問題研究所)
2014年2月、国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会の下に設けられた専門家パネルは、日本の南極海での新調査計画「New Scientific Whale Research Program in the Antarctic Ocean: NEWREP-A」について「捕獲が必要と立証できていない」と明確に否定するという極めて画期的な判断を下した。2015年5月から6月にかけて米国サンディエゴ開催されたIWC科学委員会は、日本の新調査捕鯨計画や現行の北太平洋での調査捕鯨に対する検討が最大の目玉となったが、多くの部分において科学委メンバーの間でのコンセンサスが得られず、両論併記とされる記述が目立った。専門家パネルでは調査計画を提案した日本側がメンバーからは外れていた一方、科学委員会自体では日本政府から派遣されている代表がメンバーに含まれており、日本側が頑強に抵抗すれば両論併記にならざるを得ないという科学委員会の従来の機能不全がまたもや繰り返された側面があることは否めない。しかしながら、同科学委員会では致死的調査が必要かどうかが説明が不十分であることを日本側が認めざるを得ない状況に追い込まれたという重要な成果も得られている。
そこで本小論では最初に専門家パネルの結果を簡単に振り返ったのち、科学委での議論及びその結果を紹介し、その意義を検討するものとしたい。
1. IWC科学委専門家パネル報告
2014年3月に下されたICJ判決で日本の南極海での調査捕鯨「JARPA II」が違法であると判断されたことを受け、日本は2014年南極での調査捕鯨を中止するとともに、新調査捕鯨計画「NEWREP-A」を2014年11月に公表した。調査目的は①IWCの下での捕獲枠算定方式である「改訂管理方式(RMP)」に用いるための生態学的情報の高精度化、②南極海での生態系モデル構築のための研究とし、ミンククジラを333頭捕獲する内容となっている1。
これを受け、IWC科学委員会は新調査捕鯨計画検討のための専門家パネルを設置、2015年2月7日から10日まで、レビュー会合を開催した。専門家パネルは、①非致死的調査がどの程度できるかを十分検討していない、②南極海の生態系を究明すると言っているのに、具体的にどういうモデルを作りたいかという説明が不十分であるので、まずこれを重点的に行うべき、③日本側のサンプル数計算は単一の基準(性成熟年齢)だけをもとに決めているが、この基準だけを見るとこの頭数ではサンプル数が少なすぎる可能性がある、④上記の単一の基準だけではなく、系群混淆率など他の基準も含めてサンプル数を計算すべき、等々厳しい見解を示すとともに、現行の調査計画案は「致死的サンプリングが必要であることを立証(demonstrate)していない2」と明言し、捕獲調査をする場合にはまず非致死的調査の部分を先行させ、非致死的なものでどの程度代替が可能かを十分調べるべきとの判断を下した。
2. 科学委員会でのNEWREP-Aレビュー
専門家パネル報告を受け、日本は同報告で提示された29項目の勧告を今後のどのように実施していくのかについて、「致死的調査・サンプル数の妥当性の評価に必要不可欠な作業に関する勧告については、具体的な作業計画を提示し3」、作業を科学委員会までに完成させるとし4、「上記以外の勧告については、新計画の実施までに又は実施を通じて対応する」との方針を発表した。専門家パネルは、まず非致死的調査を先行させよとの勧告を行ったが、「致死的方法及びサンプル数について最終的な結論に至る前に」勧告の全てを実施する必要性はない5」として、サンプル数の妥当性には直接関係すると日本側が判断した勧告の部分は科学委開催までに完了させるとのスケジュールを提示する一方、それ以外の勧告については捕獲調査と同時並行的に実行するとの意図を表明したものと捉えられよう。日本側は科学委会合に先立ち、専門家パネルで指摘された勧告の実施状況について科学委会合に先立ち追加の報告書6を提出して進捗状況を報告するとともに、サンプル数の妥当性に関する勧告について最優先に取り組んだと表明した7。
科学委は日本側の説明を受け、ワーキンググループを設置してこの問題を検討することになった。米国ワシントン大学のアンドレ・パント(Andre Punt)、南ア・ケープタウン大学のダグラス・バターワース(Doug S. Butterworth)、IUCN鯨類専門家グループのメンバーでもあるジャスティン・クック(Justin Cooke)、オーストラリア南極局のウィリアム・デラメア(William de la Mare)、東京海洋大学の北門利英、日本鯨類研究所の松岡耕二、米国海洋大気庁のデブラ・パルカ(Debra Palka)の7名で構成された。
日本側が致死的調査・サンプル数の妥当性の評価に必要不可欠として作業を最優先するとした専門家パネルの勧告は、以下の通りである。
- 生物学的特性値(自然死亡率、性成熟年齢、妊娠率、加入率、寿命など)の推定精度向上によってSCAA(Statistical catch-at-age analysisの略。統計的年齢別捕獲頭数解析法)とRMP(IWCで採用されている捕獲枠算定方式)がどの程度改善されるのかについてシミュレーションによる評価を実施すること(専門家パネルの1番目の勧告)。
- 密度度依存性(クジラの数が増えると、どのくらい繁殖力が強まったり弱まったりするか)と系群混淆(同じミンククジラらでも海域によって異なった系群が存在しているが、これらの異なった系群が同一海域でどのくらいまじりあっているか)の観点から、既存のデータを用いて、SCAA(捕獲時の年齢解析)をアップデートすること(専門家パネルの11番目の勧告)。
- SCAA(年齢解析)による自然死亡率推定に用いるデータを特定すること、及び自然死亡率推定の実行可能性・精度を判断するため既存のデータを分析すること(専門家パネルの12番目の勧告)。
- 性成熟年齢データをSCAA(年齢解析)に用いた場合、どのような利点があるのかを測定する基準を策定すること(専門家パネルの13番目の勧告)。
- 性成熟年齢の変化の検知に必要となるサンプル数に関する詳細な検出力分析を提出すること(専門家パネルの26番目の勧告)。
まず1について日本側は、シミュレーションをしてみたところ、捕獲によってしか得られない耳垢に基づく年齢測定データがSCAA解析には必要なことが論証できた、これを用いてRMPも改善するつもりだ、とした。しかしながらワーキンググループは、確かに専門家パネルの勧告に則した作業が行われてはいるが、クジラの捕獲によってどの程度精度が改善するかについて十分な評価を行っていないと苦言を呈している。
次に2の既存のデータを用いて年齢解析法を密度依存性と系群混淆の観点からアップデートせよとの勧告について日本側は、密度依存性の問題については十分検討した報告し、ワーキンググループもこの作業は完了したと認めた。しかし系群混淆については作業が完了していないとの見解をワーキンググループは示している。
3の勧告は、自然死亡率推定に用いるデータが何であるか特定するとともに、そもそも自然死亡率を十分な精度で特定できるのかを既存のデータを使って調べよ、ということを意味している。これに対して日本側は、これは他の項目に比べると優先度が低いので、1の勧告に関する作業が終わってから直ちに着手する、との釈明を行っている。つまり作業はまだ行っていないということである。当然ワーキンググループも「何らの方法も結果も提示されなかった」と結論付けている。
4は、捕獲によって得られる性成熟年齢データを用いると、資源解析の点でどういうメリットがあるのか説明せよ、ということを意味している。これについて日本側は、性成熟年齢の変化は資源量推定にも影響を与えることがデータ解析の結果示されたと説明したが、ワーキンググループはこれにも疑問を提示する。シミュレーションの結果からは、性成熟年齢は年齢解析の結果の多くにほとんど影響を与えないことが示されており、どのようなメリットがあるのかが証明されていない、との批判である。
5はサンプル数の計算をきっちりせよとの勧告で、日本は追加に提出した報告書で説明を試みているが、ワーキンググループは不十分であると指摘するとともに、サンプル数が過小である可能性があるとも言及している。
以上のように、日本側が致死的調査・サンプル数の妥当性の評価に必要不可欠な作業に関する勧告と自ら言明している項目についても、全てについて疑問点が提示され、批判が加えられている。これを受けて科学委員会は「ワーキンググループの結論に合意する」とともに、日本の追加説明に示された「分析は不完全であり、十分な評価をすることができない」こと、したがって「十分なレビューを行うためにより詳細な情報が必要である」との点で合意している 。41名の科学委メンバーはこれとは別に共同ステートメントを発表し、日本側がサンプル数評価に必要不可欠なとしている項目についても作業が完了していないのであるから、新調査計画の下で捕獲調査を行うことが正当化させるかについての十分な情報が未だに得られていないことは明白であり、致死的調査が必要だということが証明されておらず、捕獲調査を行わず専門家パネルの勧告で求められていることを実施すべきであると結論付けている。
2014年9月にスロベニアで開催されたIWC総会では、ニュージーランドより提案された調査捕鯨に関する決議2014-5が賛成多数で採択されており、科学委員会に対して、(a)サンプル数などは調査計画で企図されている目的に照らして合理的か、(b)致死的調査によって得られるデータは鯨類の保全管理の改善に資するか、(c)調査目的は非致死的なものだけで達成できるか、(d)サンプル数の規模は調査計画の目的に照らして合理的か、(e)非致死的調査は調査計画で提案されている致死的調査を完全或は一部代替することができないか、等について審査を行うよう求めている。これについて科学委の議論では、サンプル数について十分な説明ができてもいないのだから、日本の主張する調査目的からみて合理的かどうかも当然わからないし、ミンククジラが南極海で食べているのはほとんどオキアミであること等は既に十分わかっていることなので、これ以上捕獲して調査しても鯨類の保全管理に何も役には立たない、との意見が出される一方、日本側が説明した通りDNAメチル化分析など非致死的調査だけでは保全管理に資する十分なデータが得られないとの意見も提示されるなど、両論併記のかたちとなりコンセンサスに至ることはできなかった。ただし、専門家パネルの勧告を完成させること、その進捗状況を翌年の科学委で再審査するとの合意が得られている8。
3. 科学委員会でのJARPN IIレビュー
2014年3月のICJ判決後、日本は北太平洋でこれまで行ってきた調査捕鯨(JARPN II)に関して、マッコウクジラや沖合でのミンククジラの捕獲中止、イワシクジラを100頭から90頭、ニタリクジラを50頭から20頭、沿岸でのミンククジラを120頭から100頭へと捕獲計画数を削減すると4月に発表、これを実施した。しかし、そもそも沖合でのミンククジラは2013年に3頭しか捕獲しておらず、マッコウクジラに至っては1頭しか捕獲していないなど、これまでの操業の「実情」に合わせたものでしかない。かつて水産官僚として調査捕鯨の策定の先頭に立った小松正之は以下のように批判する。
また在庫調整というか、供給調整やってますから。これ、完全に非難されますよ。だからこれ、わざと負けることをやってんだ、と。ところが一方で日本は、政府としては捕鯨を維持すると言っているし、議員連中……議員の方々も、そういうことを言っているわけですから。何やってんだと。言ってることとやってることが。結果として今度の210頭というのは、北太平洋の捕鯨も、消滅に向かう、大きな一歩を踏み出したっていうことですよ9。
2014年のIWC科学委員会の場で日本は同年以降のJARPN II調査でサンプル数を減らした理由についての文書を提出して説明を行ったが、この説明に対して科学委員会は「委員会に提出された文書では捕獲頭数が所期の調査目的に照らして正当化されるか否かについて十分評価することができない」と批判し追加説明を求めていた10。このため日本側は2015年の科学委員会にも追加説明を行っている。
もともとJARPN Iは①「鯨類は、人間の食用に漁獲されるものの3倍から5倍の海洋資源を消費している」ため、「鯨類と漁業の競合関係を調査」し、「北太平洋西部の海洋生態系における鯨類の役割を明らかにする」として「生態系モデルを構築する」ことと、②ミンククジラの系群構造に関するデータの収集、及び③鯨類や生態系全体の有機塩素や重金属の蓄積濃度を継続的にモニターするためのデータ収集、の3つを調査目的としてきた11。日本側は捕獲頭数を削減した主たる理由は調査目的を①の北太平洋西部の海洋生態系における鯨類の役割を究明と生態系モデルの構築に絞ったことにあると説明している12。
まずマッコウクジラについては以下のように説明する。調査当初はこのクジラが深海のイカの他にアカイカやあるいはメバルやタラ等の底魚を食べていることから、捕獲調査を行って捕食関係を調べることを企図しており、実際にアカイカはマッコウクジラの餌消費量1200万トンのうち3万トンを占めているとの予備的調査結果を2009年に提示した。しかしその後アカイカの餌消費についての新たな知見がほとんど得られず、またマッコウクジラが捕食しているのはダイオウイカなどの深海のイカであることがわかった。したがってマッコウクジラの優先順位は低いとして捕獲対象から外した、と説明する。
ミンククジラの沖合での捕獲を中止した理由は、海洋生態系の大規模な変化が一因とも考えられる近年の発見頭数減少を受けたものであるとする一方、沿岸漁業での漁獲対象と鯨類の餌生物は競合関係にあることが示唆されるため、沿岸での調査は継続することになったと釈明している。
イワシクジラとニタリクジラについては、海洋生態系で重要な位置を占めるため捕獲調査を継続するとした13。
しかしこうした説明は、残念ながら十分と言うには程遠いように思われる。まずマッコウクジラについては、2009年以降に捕獲されたのは最大でも年3頭、2009年、2011年、2013年は僅か1頭に止まる。調査スタート段階から、マッコウクジラは「おもに深海性のイカ類を食している」と認識されており、わずか数頭の調査しか行わなければアカイカのような表層性イカ類が胃の中から発見されないのは自明のように思われる。また、JARPN IIの調査目的として生態系モデルの構築が掲げられ、ICJ判決を受けての捕獲等数削減後もこの調査目的は変更されていないのだから、大規模な海洋生態系の変化が起こっているのではないかと日本側自ら主張している沖合で捕獲を中止するのは論理的に整合性がつかない。この疑問点は、科学委でも提起されている14。
加えて、捕獲サンプル数を再計算したところイワシクジラは135頭、ニタリクジラは75頭となったとしている一方で、現行の捕獲予定頭数(イワシ100頭、ニタリ50頭)からの大幅な捕獲等数増加は調査計画自体の変更となるので実施しなかったとしている。しかし、ならばミンククジラのサンプル数を100頭から0頭に減少させることがなぜ調査計画自体の変更にならないのか説明がつき難い。事実、科学委員会はかような大規模なサンプル数の変更は、調査計画自体の変更で本来であれば科学委員会の再審査の対象とすべきであったと指摘している15。
さらに、沿岸のミンククジラとイワシクジラについてはサンプル数(ミンク114頭、イワシ100頭)のうちの10%を非致死的調査に回すとする一方で、ニタリクジラについてはサンプル数(50頭)のうち50%(25頭)を非致死的調査に回すとしている。なぜ双方で非致死的調査に回す比率が異なっているのか、何の説明も付されていない。
4. 小括
以上見てきたように、科学委員会で日本の南極海新調査捕鯨計画は厳しい批判にさらされた。日本自身がサンプル数算定のために必要不可欠と言っている項目についても説明は尽くされていない。これで捕獲調査を強行すれば翌年のIWC総会で厳しい批判にさらされることは免れがたい。
加えて、現在実施している北西太平洋での調査捕鯨であるJARPN IIについても、なぜこのような大幅な変更を行ったのか、説明が全く尽くされていない。やはり厳しい批判を受けることは必至であろう。JARPN II終了を受けての新調査計画についても科学委員会でレビューが行われることとなろうが、南極海と同様の批判がなされる可能性が高い。
日本の調査捕鯨政策は完全な袋小路に陥ってしまったと言えるだろう。少なくとも、今期の南極海での捕獲を伴う調査は中止すべきであり、JARPN IIについても抜本的な見直しが必要である。
1 The Government of Japan, “Proposed Research Plan for New Scientific Whale Research Program in the Antarctic Ocean (NEWREP-A),” 2014.
2 IWC, “Report of the Expert Panel to review the proposal by Japan for NEWREP-A, 7-10 February 2015, Tokyo, Japan,” SC/66a/Rep/6, p. 2.
3 水産庁、外務省、「新南極海鯨類科学調査計画(NEWREP-A)に係る国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会レビュー専門家パネル報告への対応について
4Government of Japan, “Proponents’ preliminary responses to the Report of the Expert Panel to review the proposal for NEWREP-A,” SC/66a/SP/1, 2015, Table 1, pp. 24-29.
5Ibid., p. 4.
6Government of Japan, “Proponents additional responses to the Report of the Expert Panel to review the proposal for NEWREP-A,” SC/66a/SP/3, 2015.
7IWC, “Report of the Scientific Committee,” IWC/66/Rep01(2015), June 19, 2005, p. 91.
8Ibid., p. 96.
9日本テレビ「NNNドキュメント'14 凍りの海 揺れる調査捕鯨」、2014年7月27日放映。
10IWC, “Report of the Scientific Committee (Bled, Slovenia, 12-24 May 2014),” IWC/SC/Rep01 (2014), June 9, 2014, p. 74.
11日本国政府「第二期北西太平洋鯨類捕獲調査(JARPNII)(仮訳)」、4頁;Government of Japan, “Research Plan for Cetacean Studies in the Western North Pacific under Special Permit (JARPN II),” SC/54/O2, pp. 4-5.
12Government of Japan, “Response to SC 65b recommendation on Japan’s Whale Research Program under Special Permit in the Western North Pacific (JARPN II),” SC/66a/SP/10, 2015, p. 2.
13Ibid., pp. 4-5.
14IWC, “Report of the Scientific Committee,” IWC/66/Rep01(2015), June 19, 2015, p. 98.
15IWC, “Report of the Scientific Committee,” IWC/66/Rep01(2015), June 19, 2015, p. 97.