南極海捕鯨事件:暫定的解題
真田康弘(法政大学大原社会問題研究所客員研究員)
日本が現在南極海で行っている調査捕鯨(JARPA II)の合法性について日豪が国際司法裁判所(International Court of Justice: ICJ)で争った本事件の判決は、ほとんどの関係者にとって予想外なほどに明快なオーストラリア側の勝訴に終わった。本小論では、この国際裁判での当初の日豪の主張、口頭弁論の模様、判決を簡単に振り返ることを目的としたい。
現在商業捕鯨は国際捕鯨取締条約の下で禁止されている。従って現在行われているのは、①商業捕鯨禁止に関し異議を申し立てて実施する商業捕鯨、②先住民による捕鯨、③調査捕鯨、に限定される。
日本が調査捕鯨実施のよりどころとしている国際捕鯨取締条約第8条1項は以下のように定める。
「この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究を目的として(for purposes of scientific research)鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。また、この条の規定による鯨の捕獲、殺害及び処理は、この条約の適用から除外する」
この条約に明記されている通り、例外としてクジラの捕獲が認められるのは「科学的研究を目的(for purposes of scientific research)」にしたものでなければならない。ここから豪州は、①捕獲は科学的(scientific)と言えるものでなければならず、加えて②捕獲は科学的研究を「目的とした(for purposes of)」ものでなければならないはずだ、と主張する1。つまり、もし①「これは科学調査だ」と言っておきながら、全く非科学的な調査計画の下に行われた捕鯨は条約第8条で合法とされないし、②確かに科学的研究の体裁は一応整っているけれども、科学的研究が単なる捕鯨をするための手段・方便として用いられている場合も、同じく条約第8条で合法とされるものではないことになる。
ではどのようなものが科学的であり、科学的研究を目的とした捕鯨と言えるのか。これについて豪州は、カリフォルニア大学のマーク・マンゲル教授を鑑定人に立て、彼の主張に則し議論を展開する。すなわち「科学的」「科学的研究を目的」と言えるためには、(1)明確で達成可能な目的を有したものであり、検証されるべき仮説があること、(2)致死的方法は他の手段がない場合にのみ実行され、サンプル数が目的に見合ったものであるなど、目的を達成する手段・方法が適切であること、(3)定期的にレビューが行われ、レビューの結果を基に調査を改善すること、等を満たす必要がある。
オーストラリアは、JARPA IIが上記の要件を満たしていないと主張する。まず(1)について。日本はJARPA IIの目的として①南極海生態系のモニタリング、②鯨種間競合モデルの構築、③系群構造の時空間的変動の解明、④クロミンククジラ資源の管理方式の改善を挙げているが、これらに関して検証されるべき仮説は「オキアミ余剰仮説(過去の乱獲によりシロナガスクジラなどが急減したため、餌であったオキアミが急増し、これに伴いミンククジラ等より小型のクジラが増加したのではないか、との仮説)」しかなく、ミンククジラのサンプルを集めているに過ぎない。データの集積そのものは科学ではない。ゆえにJARPA IIは科学であるとも科学研究を目的にしていると言えない。
次に(2)の致死的方法は他の手段がない場合にのみ実行され、サンプル数が目的に見合ったものであるなど、目的を達成する手段・方法が適切であること、について。商業捕鯨モラトリアムが採択された1980年代に比べ、現在は非致死的な調査方法が格段に進歩している。ところが日本は非致死的方法を十分に検討した形跡が全くない。また、日本はオキアミとクジラとの関係について調査すると言っているにもかかわらず、実際にはミンククジラだけを集中的に捕獲している。さらに、JARPA IIではミンククジラを850頭、ナガスクジラとザトウクジラを50頭捕獲するとしているが、なぜその頭数になったのか、統計的根拠が全く不明確である2。実際、赤松広隆農水相(当時)は記者会見で捕獲頭数について「800頭(は)要らない」「調査の資料は……それ以下でも整います3」と発言したのみならず、捕獲頭数が当初計画を大きく下回った2010年、「ほぼ予定した調査捕鯨頭数を確保できた4」とすら述べている。このことは、JARPA IIの捕獲目標頭数が科学的な論拠を有していないことを示す何よりの証拠である5。
(3)の「定期的にレビュー(科学者による検討)が行われ、このレビューの結果を基に調査を改善すること」という点についても、やはりJARPA IIはこれに当てはまらない、とオーストラリアは主張する。そもそもJARPA IIの調査計画をIWCの科学委員会が十分レビューするためには、前身の調査であるJARPAの結果を待たなければならないはずである。ところが、JARPA IIの調査計画が提出されたのは2005年の6月と、JARPAが終了した直後だった。これではまともなレビューが行えないとして、2005年の科学委では63名の科学者がJARPA IIの調査計画への討議参加自体を拒否している。JARPAの最終レビューが開催されたのは2006年12月のことだったが、ここでJARPAは所期の目的を達成したとの結論を何一つ得られなかった。こうした結論であったにもかかわらず、日本はJARPA最終レビューに応えるかたちで計画の修正を行っていない。加えて、JARPA及びJARPA IIに関係した論文の多くはIWC提出の非査読論文であり、査読付きでJARPA及びJARPA IIの目的に関係していると言える論文は僅か15%程度でしかない6。以上から、日本の調査捕鯨が科学者のピアレビューを受けない、科学的でもなければ科学を目的としたものとも言えない、科学を偽装した「『科学』捕鯨ビジネスモデル(“scientific” whaling business model)」だ、と主張した7。
日本の「調査」捕鯨は科学とは名ばかりの「『科学』捕鯨ビジネスモデル」であることは、実際の捕獲頭数からも明らかである、とオーストラリアは指摘する。ミンククジラは当初計画では850頭であった筈が、2006/07年は505頭、2007/08年は551頭、2008/09年は679頭、2009/10年は506頭、そして2010/11年は僅か170頭と常に計画を下回っている。鯨肉が売れず、在庫が年々増加しているため、意図的に捕獲数を減らして在庫調整をしているのは明白である。捕獲数は商業的見地から決定されているに過ぎない8。
更にひどいことに、捕鯨産業を特徴づけているのは「アマクダリ」という悪しき日本の慣行である。調査捕鯨を実施している日本鯨類研究所や共同船舶が退職した水産官僚の再就職先と化している。「調査」という名の下に捕鯨産業を継続するのは、こうした「アマクダリ」先の確保というインセンティブが働いているからである、とオーストラリアは指摘している9。
以上から豪州はICJに対し、JARPA IIが条約第8条に規定される「科学的研究を目的とした」捕鯨に該当しないと認定すること、及びJARPA IIを停止させるよう命令することを、を求めた。
これに対して日本側は、上記のオーストラリアの主張がいずれも誤っていると指摘し、JARPA IIは完全に合法であると主張した。
まず日本は、そもそもICJはこの問題の管轄権がないと主張する。日本とオーストラリアはともにICJの義務的管轄権受諾を宣言しているため、同一の義務を認める他の国から訴えられれば、裁判に応じなければならない。ところがオーストラリアは管轄権受諾宣言で、領海や排他的経済水域の画定に関する紛争や、領海・排他的経済水域等が係争中である海域もしくはこれに隣接する海域の開発利用から生じ或いは関連している紛争については義務的管轄権を受け入れないとしている10。ところで豪州は南極大陸の一部を自国領であるとして、排他的経済水域も設定している。日本の調査捕鯨は、この海域或いは隣接している海域で実施されている。従って日本もICJの義務的管轄権を受け入れなくても良いはずだ、という理屈である11。
次に日本は、何が科学調査目的の捕鯨かを判断し、捕獲許可を発給するのは締約国自身であると主張する。条約第8条では「締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って」と規定されている。どんなクジラを何頭とるかは、各国の自由裁量に委ねられている、との主張である12。
さらに日本は、調査捕鯨は実際科学的かつ科学研究目的のため実施している、とオーストラリアの主張に反駁する。JARPA IIには南極海生態系のモニタリングなど明確な調査目的が調査計画書で述べられている。科学には仮説が必要云々というのはオーストラリア側の単なる見解にすぎない。
豪州は、日本の調査捕鯨が調査目的に見合っておらず、サンプル数の計算根拠が明らかでないと言っているが、これも誤っている、と主張する。JARPA及びJARPA IIでは致死的方法とともに非致死的方法も用いており、どちらを用いるかは科学的見地から決定し、捕獲数は必要最小限にするよう計算している13。サンプル数は、種々の調査項目につき統計的に有意な結果を得るための捕獲必要数を厳密な統計的手法により算定している14。
オーストラリアは、実際の捕獲頭数が計画を大きく下回っているではないか、と指摘しているが、これは日新丸で火災発生(2006/07年)とシーシェパードの妨害に起因するものである。また、ナガスクジラはほとんど実際には捕獲されておらず(2005/6年10頭、2006/07年3頭、2007/08年0頭、2008/09年1頭、2009/10年1頭、2010/11年1頭)、ザトウクジラは全く捕獲されていないことをオーストラリアは槍玉に挙げているが、ナガスクジラについてはシーシェパードの妨害と設備上の問題(捕鯨母船の日新丸は大型のナガスクジラを引き揚げられない)によるものである。ザトウクジラについては、当時のIWC議長から捕鯨国・反捕鯨国双方の歩み寄りを求められたため、捕獲を一時停止しているに過ぎない15。
調査捕鯨の科学的貢献度に関しては、1988年から2009年にかけて、調査捕鯨から得られた結果に基づく査読付きの論文を計107本も公刊している16。JARAP IIだけに限定すると、現在までのところ6本の航海調査報告書と2本の査読論文を発表している、と主張する17。
豪州は日本の調査捕鯨を「『科学』捕鯨ビジネスモデル」であると主張しているが、これも誤っている。調査捕鯨ではマッコウクジラのような商業的価値のほとんどないものも捕獲し、捕獲頭数も統計的に有意な結果を得られる最小の数を計算して決定されている、と日本は主張するのである18。
口頭弁論は2013年6月26日から7月16日まで、20日間かけて行われた。裁判の公用語はフランス語と英語で、オーストラリア側は基本的に母語の英語を用い、日本側は英語よりもフランス語を中心に用いた。以下、中心的論点となった部分について紹介してゆきたい。
この裁判で最大の焦点になったのは、JARPA IIが「科学的」あるいは「科学的研究を目的」としたものであるか、という点である。したがって、捕獲頭数の設定論拠は最も重要な論点である。ICJでは当事国は鑑定人(expert)からの鑑定意見(expert opinion)をICJに提出し、鑑定人は口頭弁論で証言することになる。オーストラリア側は、マンゲル教授に加え、クジラ問題に関する鑑定人として、オーストラリアよりIWC科学委員会に長年出席し、この問題に最も精通していると言えるニック・ゲールズ博士を立てる一方、日本はオスロ大学名誉教授のラース・ワロー博士を鑑定人に立てた。
鑑定人に対して当事国は反対尋問を行うことができる。したがってゲールズ博士に対して日本側は反対尋問を行っているが、通り一遍のおざなりなものでしかなかった。これに対しオーストラリア側は、ワロー教授に対し、次々に厳しい質問を投げかけ、ここで得られた証言は裁判の行方を決定づけたと言ってよい。質問に立ったのは、ジャスティン・グリーソン(Justin Gleeson)司法副長官(Solicitor-General)である。
グリーソン:次にあなたの鑑定意見の9ページについて質問いたします。サンプル数についてです。
ワロー:9ページですか?
グリーソン:あなたは9ページ、中ほどの段落で、推定を行うため幾つかの変数について何回か計算を繰り返し、その結果JARPA IIの結果は適正規模であると考えるに至った、と仰っていますね。なぜあなたはこの計算結果を鑑定意見書の中に含めて裁判所や我が方が検討できるようにしなかったのですか。
ワロー:それは、私がここで言ったことでもあるのですが、それがJARPA IIの文書の弱点の一つだからです。私はサンプル数をどのように日本側が計算したのか、よくはわからないのです。
ワロー教授はこの直後、「私はナガスクジラの調査計画については決して気に入ってはいないのです。18頭しか捕獲されていないわけですし、これでは何も情報は得られません。ザトウクジラについても問題があると思います19」とも発言した。これは致命的な発言であったように思われる。
捕獲頭数に関する日本側の失策は、まだある。日本は世界的に極めて著名な国際法の専門家を弁護人として立てたが、そのうちの一人がエジンバラ大学のアラン・ボイル(Alan Boyle)教授である。国際環境法の世界的権威である。その彼がJARPA IIの捕獲頭数について弁護していた時のことである。
ボイル:JARPA II調査計画を検討するならば、そこで「確立された統計的手法」を用いサンプル数が計算されたことは明白であります。日本側答弁書の付録にその証拠がはっきりと記載されています。より明確に、より詳細に説明することもできましょうが、しかしそこにはっきりと書かれているのです。ワロー教授が言及されておられましたが、標準的な教科書があります。ここにそれを持ってきました(分厚い本を取り出す)。本の名前は、デボアとバークの著による、『Modern Mathematical Statistics with Application』第二版……難しそうな本ですなあ……この本は、日本鯨類研究所もサンプル数計算の際に用いているものです。
そして、これが計算公式です(難解な数式が法廷のスクリーンに現れる)。JARPA II調査計画付属書Ⅵに記載されています。さて、裁判長、私はこれが何を意味するのか、まるでわかりません(廷内笑い声)。とは言え、これが公式です。数学はずっと苦手でしてね20。
ボイル教授はユーモアのつもりだったろうが、豪州側は口頭弁論で直ちにこの点を指摘した。
ワロー教授は「私はサンプル数をどのように日本側が計算したのか、よくはわからないのです」と本法廷で証言されました。皆様、我々には2つの選択肢がございます。1つ目は、全員一致の見解です。63名の(JAPRAレビューへの参加自体を拒否したIWC)科学委員会メンバー、(オーストラリア側鑑定人として出廷した)マンゲル教授、(同じくオーストラリア側鑑定人として出廷した)ゲールズ博士、そしてワロー教授、この全員が一致して、JARPA II提案のサンプル数に関し、何の説明もないと主張しています。2つ目の選択肢は、ボイル教授の見解です。ただ一人で、ボイル教授は、教科書をひらひらさせながら、自信に満ちたすまし顔で何とおっしゃったでしょうか。何の事だか「まるでわかりません」だったではなかったでしょうか。裁判長、これほど忘れがたい譲歩発言を、私は法廷で聞いたことがございません21。
豪州がさらに追及したのは、ミンクのサンプル数は、変数を操作するだけで簡単に増やしたり減らしたりすることができるのみならず、ザトウ及びナガスの計算方法とミンクの計算方法とが異なっている点であった。ザトウはサンプル数の算定に際して12年を一区切りにし、妊娠率の年間変化率を3%と設定して計算し、50頭という捕獲頭数を設定している22。しかしなぜ変化率を3%に設定したのか、何も調査計画書では説明がされていない。ナガスについても同様になぜ3%なのかの説明がない。ミンクはザトウやナガスとは計算根拠が異なっており、12年ではなく6年を一区切りにし、年間変化率を3%ではなく1~1.5%に設定されている。もしザトウやナガスと同様に12年を一区切りとし、年間変化率を3%に設定すると、日本の調査計画書に明記されているように、調査に必要なミンククジラの捕獲頭数は18頭に過ぎない。区切る期間を6年にしても、年間変化率が3%ならば、138頭しか必要ではないとも日本の調査計画書には記載されている。日本のJARPA II調査計画書に示された必要捕獲数を豪州側は法廷のスクリーンに大写しにして説明し、日本の提示する捕獲頭数は恣意的なものにすぎないと主張したのである23。
計算の根拠となる変数についての恣意性は、日本側鑑定人として証言したワロー教授も、認めざるを得なかった。
グリーソン:ナガスクジラ50頭という数はザトウクジラと同様、調査計画を12年とし、36%(3%の年間変化率を前提をとしているため12年だと36%になる)の増減を前提にしているということに合意なさいますか。もし、この前提がなかったなら、全ての計算は無価値である。そうではありませんか。
ワロー:ええ。
グリーソン:では次の質問です。ミンククジラのついてのものをご覧ください。もし12年、3%という同様の前提を当てはめた場合、JARPA計画の文書によれば、18頭しか必要ないことになります。そうですね。
ワロー:いえ、その……。
(中略)
グリーソン:もしザトウクジラとナガスクジラで適用された原則、つまり12年、3%という原則をミンククジラに当てはめた場合、捕獲に必要な頭数は少なくて済む。これに合意なさいますね。
ワロー:はい……。
グリーソン:にもかかわらず、JARPA IIではこの前提を変えている。第一に、年間変化率を1~1.5%とし、第二に、12年ではなく6年にしている。これによってJARPA IIの捕獲頭数が850頭とされたわけですね。
ワロー:はい。
グリーソン:あなたがこの提案を読まれた際、ザトウクジラとナガスクジラを12年とし、にもかかわらずミンククジラは6年とした科学的説明を見出されましたか。
ワロー:先ほど言いました通り、私はJARPA計画のナガスとザトウの部分はそれほど気に入っていませんので、ナガスとザトウについてはそれほど関心がなかったのです。
グリーソン:ナガスとザトウについては12年とし、ミンクについては6年とした、その科学的論拠を見出されましたか。
ワロー:いいえ、私はナガスとザトウについては検討しませんでした。ただミンクについては6年か12年かについて検討しております。私の理解するところ、RMPのインプリメンテーション・レビュー(注:ミンククジラの捕獲可能頭数を計算する検討会合)が6年毎に行われるため、6年のRMPのインプリメンテーション・レビューの期間に合わせて6年としたのだと理解しています。
グリーソン:では、なぜザトウとナガスは12年なのですか、先生。
ワロー:申し上げた通り、私は特にナガス、それからザトウについても、これらを捕獲する提案が気に入ってはいないのです24。
日本は非致死的調査方法を十分検討したのか、という点については、口頭弁論の場で裁判官から日本に対し、JARPA IIのサンプル数設定に先立ち、非致死的調査方法が実現可能か検討を行ったか、こうした検討を行ったとしたならば、捕獲頭数の設定にどのように影響を与えたか、との質問がなされている25。
これに対して日本側は、1997年のJARPA中間レビューの際に作成された文書26を提示し、この文書がJARPA II調査計画のベースになったと発言するとともに、この他関連する文書として2007年の科学委に提出した報告書を提出したのだが、非致死的調査方法につき検討を行ったならば、それが捕獲頭数の設定にどのように影響を与えたという質問に対しては、質問の意味がよくわからないと明言を避けている27。
これに対してオーストラリア側はすかさず、「裁判所からの質問に対し、日本はJARPA IIのサンプル数設定に際し非致死的方法が利用可能か否かという点を検討しなかったと認めた」と指摘した28。
なぜ日本は調査計画より実際の捕獲頭数が少ないかについて、日本はシーシェパードの妨害活動に起因するものだと主張したが、これに対しオーストラリアは、シーシェパードの妨害以前に日本自身が南極に送る船の数を意図的に減らしていた点を指摘する。JARPA IIが開始された当初、日本は補給運搬船を捕鯨船団に随行させていたが、捕獲数の減少とともに、派遣を取りやめている。自ら派遣を中止した船をシーシェパードが妨害できよう筈がない。豪州はこの点を突いたのである。
裁判長、裁判官の皆様、裁判所は7月3日、日本からの書簡を受領いたしました。ここには、日本の捕鯨船の冷凍庫の収容能力は1航海当たり400頭であるとの興味深い情報があります。これを正しいとしましょう。そこから何が分かるでしょうか。JARPA IIが計画を達成するためには、現在の捕鯨母船と同様の船をもう1隻追加するか、あるいはより現実的な案として、冷凍能力があり捕獲物を日本に運ぶことができる補給船が必要です。日本はなぜ捕鯨母船を2隻送らないのか、補給船でクジラを運搬しないのか、何の説明もしておりません。シーシェパードの妨害の多寡によって違いに説明がつくでしょうか。シーシェパードは、日本が南極に送ってもいない船を止めることはできないということを、ここに謹んで申し上げたく存じます。商売、これによって説明がつくのです。鯨肉需要が落ちたため、鯨肉の価格を高止まりさせたかったのです29。
以上見てきたように、科学面でのオーストラリアと日本の法廷での議論は、明らかに日本側に分が悪いものであった。日本側はどちらかと言えば管轄権など法的側面に議論の焦点を当てた主張を行っていた。科学面に踏み込めば踏み込むほどオーストラリア側には有利であろうとは確信していたが、それでも実際どこまで踏み込んで論じるのか、よくわからなかったのが正直なところである。
判決は、冒頭で述べたように、また広く報道されているように、オーストラリア側の全面勝訴と言ってよい内容であった。以下見てゆこう。
「ICJには管轄権がない」との日本の主張について豪州は、管轄権受諾宣言で例外扱いしているのは、豪州と他国とが海域の一部について相互に自国の領海あるいは排他的経済水域もしくは大陸棚等であるとして争っている場合に限られ、日本とはこうした争いがない以上、この例外は当てはまらないと主張していた。ICJは豪州の主張を認め、16人の裁判官全員一致で日本の主張を斥けた30。
日本は、何が科学かを判断するのは締約国政府自身に委ねられていると主張していた。これに対してオーストラリアは、何が科学調査あるいは科学を目的とするかについては、客観的な基準がある筈、と主張していた。これについてもICJはオーストラリアの主張を認め、科学許可発給は各国の判断のみに委ねることはできないと判示した31。
オーストラリアは何が「科学」と呼べるかについて、仮説の存在等を挙げていた。これに対しICJは、これらは確かに良く練られた科学的調査の基準かもしれないが、国際捕鯨取締条約の解釈に資するものではないとし、豪州側の主張を却下した32。
調査捕鯨が科学的研究を目的としているか否かは、調査計画案と実際に行われた調査の種々の要素が、調査計画で謳われている目的に照らして合理的か否かで判断する、というアプローチを裁判所は採用した。こうした種々の要素には、致死的調査を用いるに至った決定、致死的調査の規模、サンプル数の計算方法、捕獲計画数と実捕獲との比較、調査計画のタイムフレーム、調査から得られた科学的成果、他の調査期間との連携関係、が含まれる。こうした種々の要素がJARPA IIの調査目的から鑑みて合理的なものとなっているかという観点から科学的研究を目的としているか否かを判断するというアプローチである33。
裁判所は、殺さないでも済む方法があるのに、あえて捕獲調査を行うことだけで、条約違反にはならないと指摘する。その一方、非致死的な方法を用いて調査目的が達成できるかどうか検討しならければならない、という決議等が日本も含めコンセンサスで採択されていること、日本自身も捕殺は科学的に必要な程度以上には行わないとしている点をとらえ、では実際日本は非致死的方法を十分検討したか、と議論を進める。
これに関して日本は、1997年のJARPA中間レビューで提出された文書と2007年の科学委に提出した文書を提示しているが、前者はJARPAIIに関するものではなく、また致死的方法が必要かに関する対立する意見が記された1頁の文章に過ぎない。2007年の文書はなぜJARPAで致死的方法が必要なのかを述べたもので、JAPRA IIに関するものではない。この文章では、なぜある種の生物学的パラメータが致死的方法でなければ得られないかを簡単に述べたものにすぎず、JARPA IIの目的に関しては何の言及もない。
したがって、JARPA IIのサンプル数設定の際あるいはその後においても、非致死的方法に関して検討が行われたとの証拠は全く提示されていない、と裁判所は判断した34。
先述したとおり、オーストラリア側は、なぜミンクは6年単位で計算しているのに、ザトウとナガスは12年なのか、年変化率もミンクは1~1.5%なのになぜザトウとナガスは3%なのか、徹底的に矛盾を突いてきた。
これについて日本は、ミンククジラが6年であるのはRMPのインプリメンテーション・レビューに合わせたからだとの説明を展開したが、それと同時に、ミンククジラのサンプル数を倍増させたのは、生態系モデルや鯨種間競合モデル構築のためだとも言っている。であるならば、ザトウとナガスの区切りが12年になると、生態系モデルや鯨種間競合モデル構築というJARPA IIの目的に関し、6年ではそもそも有意な結果が得られないことになってしまうではないか、と裁判所は指摘する。
日本側証人のワロー博士は、ナガスの提案は「十分練られたものではない」理由として、①ナガスは主にJARPA IIの調査対象海域外に生息すること、②JARPA IIの調査船では小さなナガスしか引き上げられないこと、を挙げている。これは、日本政府が科学調査の一要素としてランダムサンプリングを挙げている主張と相いれない。以上から鑑み、ザトウとナガスのサンプル数につき合理的な説明がされていない、と裁判所は判断した。
ミンクのサンプル数に関しても、なぜ6年区切りとしたのかについて日本の説明は二転三転し、しかもどうしてこの1~1.5%という変化率を用いたのか、十分な説明がなされていない。日本側は6つの調査項目(性成熟年齢、妊娠率、脂皮厚、病理学的モニタリング、系群の混合率、DNA標識―再捕)の各々について、有意な結果を得るに必要なサンプル数を計算したと言っているが、性成熟年齢以外については調査計画書に説明が十分なされていない。日本側鑑定人として出廷したワロー教授も、6年という数字は「恣意的だ」と述べている。
結論として、ミンクのサンプル数を850頭とするに至った経緯に関する透明性が欠けている、と裁判所は指摘する。サンプル数は予め決められており、これに基づき調査期間と変化率を後付けしたとの豪州の説明のほうが説得力があるとして日本の主張を全面的に退ける判断を下した。
さらにICJは、日本は商業捕鯨がJARPA IIと異なる理由として、前者は商業的に価値のあるものだけを捕獲する一方、後者は商業的には無価値なマッコウクジラのようなものも捕獲する点を挙げていた点に言及する。その一方、JARPA IIで捕獲対象となっているのはミンククジラに集中しており、水産庁長官も「ミンクというのは、お刺身なんかにしたときに非常に香りとか味がいいということで、重宝されているものであります……ミンククジラを安定的に供給していくためにはやはり南氷洋での調査捕鯨が必要36」と発言している。この発言は、日本の主張と矛盾しているではないか、と裁判所は指摘したのである37。
実捕獲頭数が当初計画のサンプル数を下回っている点についても、日本は種々の理由を挙げて実捕獲数の減少を理由づけており、例えば捕鯨母船の能力をナガスクジラ捕獲目標不達成の理由に挙げているが、そんなことは計画段階でわかっていたはずである。火災が影響したと主張しているが、どの程度影響があったかという点については説明がない。シーシェパードの妨害も、どの程度捕獲に影響を与えたかを説明していない。さらに、2006/07漁期のミンククジラ捕獲数は505頭、2007/08漁期の捕獲数は551頭と目標を下回っているが、この時期シーシェパードは妨害活動を行っていない。裁判所は日本側の説明が到底納得できるものではないと結論付けた。
JARPA IIでミンククジラを以前より多数捕獲する論拠となっていたのが、調査目標に生態系調査と複数種競合モデルの構築が新たに加わったという点であった。ところが実際にはザトウの捕獲はゼロでありナガスも捕獲も極めて少数に止まっている。これでは、ミンクをJARPAに比べてより多く捕獲するのは複数種競合と生態系調査のためだという論拠がなくなってしまうではないか、と裁判所は指摘する。
日本は実捕獲が極めて少ないことに対し、ザトウとナガスは非致死的調査によって生態系モデルを構築できる、と弁護している。しかし非致死的方法でも調査目的が達成できるのなら、そもそも致死的調査を行う必要がないではないか、と裁判所は日本の主張の矛盾を突く。
日本はミンクのサンプル数の正当化理由をJARPA IIの目的(複数種競合と生態系モデル構築)に依拠し続けている。ところが、実際の捕獲数と捕獲目標の間には大きな違いがある。さらに、捕獲頭数が少なかったにせよ、これに基づきJARPA IIに関する有意味な結果が得られると日本は主張した。以上の証拠から鑑みると、JARPA IIの調査目的を達成するために合理的な頭数以上にサンプル数が設定されていることが示唆される。裁判所はサンプル数に関してJARPA IIの目的から説明することが不可能だ、と判断したのである。
以上から鑑みた結果、ICJは以下の結論を下した。
以上総括する。当裁判所は、JARPA IIは広い意味で科学的研究と特徴づけることができる活動を含むと考える。しかしながら、提示された証拠は、計画のデザイン及び実行が所期の目的を達成することに関して合理的であることを証明し得なかった。本裁判所は、JARPA IIに関し日本により発給されたクジラを殺し、捕獲し、及び処理する特別許可書は、条約第8条1項に規定する「科学的研究を目的とする」ものではないと結論する39。
上記判断に基づき、日本政府に対し、JARPA IIに関する特別許可書の発給を取り消し、今後も発給しないことを命じた。
最後に、本裁判に関する疑問点及びコメントを簡単に述べたい。
まず、言語に関する問題である。ICJは公用語が仏語と英語だが、日本が要請したならば、日本語の使用が許可されたはずである40。もし日本語が裁判言語として使用されたならば、不用意な発言を連発した外国人を鑑定人として立てるのではなく、日本人自身が科学的見解を存分に主張し得たはずである。
これに関連することであるが、日本側に関しておやと思ったのは、日本人の専門家あるいは担当官僚が前面に出ることがなかった点である。日本側の弁護人と、十分な連携が取れていたのだろうか。日本側は科学面の説明に関して、必ずしもオーストラリアのように準備が万端であったとは言えないのではないか。この結果、「私にはまるでわかりません」という、余りに不用意な発言がなされてしまったのではなかろうか。それとも、この問題は日本にとっては形勢が有利と言えないので、自分たちは前面に出ないで外務省や法律の専門家に矢面に立ってもらおうと言うことだったのだろうか。
最後に、この判決が今後の調査捕鯨に及ぼす影響についてである。ICJの判決は「調査捕鯨自体は認めるが、捕獲数は調査目的に見合ったものでなければならない」というものだった。もし南極海で調査捕鯨を継続するということならば、抜本的・根源的な調査計画の練り直しが必要不可欠である。数百頭レベルの捕獲が正当化し得るような調査計画が策定できるかと考えると、甚だ疑問であると言わざるを得ない。
問題は南極海だけではない。日本は北太平洋でも調査捕鯨を実施しているが、果たして捕獲頭数は調査目的に照らして、正当化可能なものであろうか。太平洋の調査捕鯨計画がJARPA IIと同様に極めて杜撰なものであれば、国際法違反であるとの疑いは高い。今一度、日本は太平洋の調査捕鯨についても、その調査計画は妥当か、根本的な見直しを行うべきであろう。
[1] Memorial of Australia Volume I, 9 May 2011, p. 155.
[2] Memorial of Australia Volume I, p. 228.
[3]農林水産省、「赤松農林水産大臣記者会見概要」、2010年3月9日。http://www.maff.go.jp/j/press-conf/min/100309.html
[4]衆議院農林水産委員会、2010年4月7日。
[5] Memorial of Australia Volume I, p. 229.
[6] Ibid., p. 234.
[7] Ibid., p. 113.
[8] Ibid., pp. 127-136.
[9] Ibid., pp. 136-137.
[10] Declaration of the Government of Australia, made by virtue of Article 36(2) of the ICJ Statute, 22 March 2002.
[11] Counter-Memorial of Japan Volume I, 9 March 2012, Chapter 1.
[12] Ibid., pp. 324-325, 416-418.
[13] Ibid., pp. 13-14.
[14] Ibid., pp. 255-262.
[15] Ibid., pp. 265-266.
[16] Ibid., p. 191.
[17] Ibid., p. 278.
[18] Ibid., p. 291.
[19] CR 2013/14, p. 44.
[20] CR 2013/15, pp. 62-63.
[21] CR 2013/19, p. 37.
[22] Government of Japan, “Plan for the Second Phase of the Japanese Whale Research Program under Special Permit in the Antarctic (JARPA II) – Monitoring of the Antarctic Ecosystem and Development of New Management Objectives for Whale Resources,” SC/57/O1 (2005), Appendix 6.
[23] CR 2013/19, p. 20.
[24] CR 2013/14, pp. 44-46.
[25] CR 2013/12, p. 64.
[26] IWC, “Report of the Intersessional Working Group to Review Data and Results from Special Permit Research on Minke Whales in the Antarctic, Tokyo, 12 – 16 May 1997,” SC/49/Rep1, Annex H.
[27] CR 2013/15, pp. 69-70.
[28] CR 2013/17, p. 20.
[29] CR 2013/19, p. 21.
[30] Whaling in the Antarctic (Australia v. Japan: New Zealand Intervening), 2014, pp. 18-22.
[31] Ibid., p. 61.
[32] Ibid., p. 32-33.
[33] Ibid., p. 33.
[34] Ibid., pp. 44-45.
[35] Ibid., pp. 52-58.
[36]本川一善水産庁長官の発言。衆院決算行政監視委員会行政監視に関する小委員会、2012年10月23日。
[37] Ibid., p. 58.
[38] Ibid., p. 62.
[39] Ibid., p. 65.
[40]国際司法裁判所規程第39条。