「鯨肉が売れない!」〜鯨研自らが公表した、入札結果の惨状〜

本稿は「IKAネットニュース第51号」に掲載されたものです。

JARPN IIの4分の3、900トン超が売れ残る
そこへ「SSのせいで捕れなかった」と日新丸が南極から帰港。1000トン以上が運び込まれた!
流通統計でだぶついているのは鯨研の在庫?

(財)日本鯨類研究所は2011年10月27日、同夏の北西太平洋鯨類捕獲調査で得られた副産物(鯨肉)のうち、これまで相対で販売してきた「市販用」の大半1211.9トンを入札にかけると発表した。例外は3トンのマッコウクジラ肉のみ。同調査ではこれ以外に、「公益用」として地方自治体や給食に安価に提供するための235.9トンを確保している。

 入札は昨年11月から今年3月にかけて月1回の割合で行われ、イワシクジラ肉は5回、ミンククジラ肉とニタリクジラ肉は4回、それぞれ市場関係者(仲卸会社)とそれ以外の一般を対象に分けて行われた。予定されていた入札は3月で終了したが、落札されたのはわずか303.1トン。4分の1が売れただけで、908.8トンが売れ残ったままだ。

 

  • 相対とは、入札とは

いままでの売り方は、鯨研が共同船舶に販売を委託し、調査捕鯨の経費等を賄えるように部位毎に卸売価格を決め、これを常連の卸会社などに売る「相対」という方式。鯨研の売りたい値段で業者が買うという、殿様商売だったわけだが、入札となると立場が少し変わる。買い手が買いたい値段を入札時に決め、それを 鯨研/共同船舶の希望する売値(最終売渡価格)と「いっせのせ」で見せっこす る(開札する)。そして売りたい価格よりも高い買値を申し込んでくれた者に売るわけだ。

 また、従来の買い手である卸売会社などの入札とは別に、その他の買い手にも門戸を開き、「一般」として入札を行った。

 最終売渡価格は誰にもわからないようになっているが、事前に目安として、2010年のJARPNIIのときの価格表が参考資料として公開された。ここに示された価格が高いから売れないのは誰もが知っていることなので、これよりも安く落札できるであろうことは、わかっていた。



◆鯨研が発表した調査副産物販売重量







 

ミンク鯨 ニタリ鯨 イワシ鯨 マッコウ鯨
(1)公益用
(地方自治体や学校給食等)
19.0 39.6 177.3 235.9
(2)市販用(入札により販売) 94.7 220.4 896.8 3.0 1214.9
113.7 260.0 1074.1 3.0 1450.8










(単位:トン)

  • 入札結果が出そろった

 発表されたのは、入札に参加した会社・人の数(応札)と実際に入札が成立した数(落札)および落札トン数、そして部位ごとの最低落札価格・最高落札価格・平均落札価格である。最低落札価格は、鯨研/共同船舶が「これ以上は下げられない」と決めた最低売渡価格に近いとみていい。これらの情報を丁寧に読んでいくと、4分の3が売れ残ったという事実だけでなく、いろいろなことがみえてくる。
 その一部を紹介しよう。

  • 量が捌けない、高く売れない。

 平均落札価格が「参考価格」よりも高かったのは、ミンククジラの「赤肉特級」と「畝須1級」だけ。しかもどちらも売り切れている。2品合わせて300kgだから入札にかけた鯨肉の0.025%に過ぎないから貴重な“朗報”には違いない。 
他の部位は参考価格よりも安く落札されており、鯨研/共同船舶が売り切るための努力をしたことは見てとれる。 たとえばニタリクジラの尾肉(尾の身)に至っては、参考価格2万円のところ、半額の1万円で落札されている。今回の一連の入札で、参考価格と比較してもっとも価格引き下げ率が高かったのがこれだ。それなのに、最終回には「落札なし」、つまり買い手が付かず売れ残ったのである。

  • ニタリが売れない!

 尾肉でわかるように、とくに不人気なのがニタリクジラ肉。ミンククジラやイワシクジラに比較して、「落札なし」「応札なし」の部位が多い。「落札なし」は、買う気があったものの折り合いが付かなかったという意味だが、「応札なし」はそもそも買い手が現れなかったという意味だ。
 赤肉中切も参考価格の51.6%で落札されている。イワシクジラでは64.5%、ミンククジラでは74.2%で落札されているので、値を下げてでも売りたかったのだろうと想像がつく。

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(2012年5月25日に上記日付を訂正しました)

  • イワシクジラ肉は多すぎる!

  しかし、比率ではなく、何トン残っているかに注目すると、イワシクジラが全体の58%を占めていることがわかる。人気がないわけではない、ニタリクジラよりも量的には売れている。しかしどう考えても需要以上に供給してしまっているのだ。

  •  ぞくぞく届く鯨肉たち1 南極から

 とにかくどうしてでもこれらの売れ残りを始末しなければならない。なにしろ3月31日には南極海で調査捕獲をしていた日新丸が東京港大井水産埠頭に戻ってきて、ミンククジラ266頭とナガスクジラ1頭の鯨肉を降ろしたのだ。過去の1頭あたりの副産物生産実績から推定すると、その量は1000トンを超えるとみられる。
 報道では、「シーシェパードの妨害や天候不順で予定の捕獲量を達成できなかった」とされているが、達成できていたら、売れずに日本国内の冷凍庫を塞ぎまくる鯨肉がさらに多かったはずだ。冷凍庫代は鯨研が支払うのだから勝手にすればいいが、それで電力消費が嵩むのは、原発の再稼働の必要性の一つに計上され、誰もが無関係とはいえなくなる。

  • ぞくぞく届く鯨肉たち2 アイスランドから

 2010年からは、アイスランド産の極めて安いナガス肉が調査鯨肉の売れ行きを脅かしている。アイスランドは1992年にIWCを脱退したあと2002年に再加盟し、その際に「モラトリアムに関する決議には従わない」ことを条件にしていることから、2008年から商業捕鯨を再開。翌年にはナガスクジラの捕獲を開始し、2010年からは日本にも本格的に輸入されるようになって、鯨研/共同船舶の市場独占状態は消滅した。2010年は約500トン、2011年は900トンを超える量が輸入されている。これは調査捕鯨によって供給されるヒゲクジラ肉の約25%にあたる。過去2年間に限っていえば、供給量の20%がアイスランド産だったのである。
 アイスランドのIWC再加盟に強く反対したのは、いわゆる反捕鯨国。そして強く支持したのは日本とその支持国、そして捕鯨国ノルウェーなどである。CITESで鯨類の国際的商取引をともに留保しあい、IWCに加盟していることが鯨肉の輸出入の大前提になる。後付けでいうならば、アイスランドの再加盟を支持したことで、日本は調査捕鯨の脅威を自ら生み出したのである。

  • ぞくぞく届く鯨肉たち3 宮城県鮎川沖、北海道釧路沖から

  もうひとつ、注目すべき鯨肉がある。沿岸小型業者が行っている調査捕鯨である。2009年までは鯨研が調査主体となって小型捕鯨業者を雇用し、捕獲業務を発注していたが、いまは彼らが組織した社団法人・地域捕鯨推進協会が調査主体となってミンククジラを捕獲し、研究のみ鯨研に委託する形で行われている。捕獲するのは基点から半径50マイルの範囲内で、クジラはその日のうちに鮎川にある解体場で計測や試料採取をされて肉になり、生のまま市場で競りにかけられる。

 東日本大震災で宮城県石巻市の鮎川浜は
壊滅状態になったものの、捕鯨船は修理を経て操業可能となり、解体場は流失した上物を再建して2012年4月からは以前と同じ60頭の捕獲計画実行に移した。沈下して復旧できていない漁港岸壁ではなく、数分離れたフェリー乗り場付近でトラックに積み込んで解体場まで運んでいるようだ。
 4月19日にはそのクジラ肉500kgが競りにかけられ、キロあたり4300円から5300円の値が付いたと報道されている。平均価格は4800円。日新丸船団が調査捕獲し冷凍した赤肉の落札価格の3倍以上である。
 冷凍肉ではなくて生肉であること、牡鹿半島を中心とした地域は刺身でクジラ肉を食べる習慣が他地域より強く根付いており、そのこともあって地物の生のミンククジラ肉にはある程度の需要がある。そこに震災からの復興を願う地元の期待も反映された値段だろう。この沿岸での調査捕鯨による生ミンククジラ肉の供給はせいぜい100トン前後だが、鯨研/共同船舶にはできない生肉の供給という付加価値がある。そして間違いなく、地元の水産業者の励みにはなっている。
 「石巻の復興に貢献する」と、言い訳を付けて第3次補正予算を23億8000万円もせしめた日新丸は、生産した鯨肉を東京に荷揚げし、石巻を潤すことはない。鯨肉専用冷凍倉庫を石巻に建てて、保管料を石巻市に落とす仕組みも作っていない。乗組員の一部が石巻市とその周辺に住んでいる、というだけのことを“石巻復興貢献”と言って通る世界ならば、他にもいい加減な予算が大量に跋扈しているに違いない。こんな税金の使い方をものともせず消費税増税をするような政府は国民の強い批判を受けてよい。

  • 調査鯨肉の値引きは国営化を意味する

 では、今後、調査鯨肉の入札はどうなるのだろう。今後も入札をするならば、最低売渡価格をもっと下げないと、売れないだろう。ただ、値を下げれば買い手が付く状態でもなさそうだ。それは本誌で繰り返し説明したように、市場がそもそも鯨肉を求めていないのだ。

 しかし、鯨肉の売り上げ金で調査捕鯨の経費の大半を賄うという仕組みは、いまだに続いている。鯨肉で稼げなければ次回の出港ができない。そのため、調査捕鯨関係者や国会議員などは「調査捕鯨の経費を国費で」と訴えている。昨秋の第3次補正予算で計上し認められた「石巻復興のため」などという名目はもはや使えないだろう(いや、使っちゃうかもしれない。原発再稼働だってやっちゃうんだから、という懸念はもちろんある)。ではどうするのか。自分で稼げないのだから、どこからか金を持ってくるしかない。税金か? それとも。
 これに関しては、筆者は2003年ごろから、次のような可能性を思いついていた。すなわち、現在は財団法人日本鯨類研究所が研究主体となっているが、これを、独立行政法人水産総合研究センター遠洋水産研究所に吸収してしまう、というものである。良いか悪いかの議論は別途やるとして、何が何でも続行と言うことであれば、これしかないように思っている。   
 同じことを、伊東良孝衆議院議員(元釧路市長)が同院農林水産委員会で発言している(3月21日)。これは事実上の国営化だ。伊東議員はその上で、捕獲した鯨肉を安く売って国庫に入れろと主張しているが、他の水産資源調査でこのような処理をしているとは聞き及んでいない。筆者としては水研センターがやるのならば純粋に調査業務だけになるのでそこからの収益を求められたりはしない。つまり、「肉を売って稼ぐために売れる捕獲する」という調査が後付けの現状よりはかなりマシになり、捕獲を伴わない調査にもエネルギーを割けるようになる。何頭か捕獲するにしても、1970年代までのIWC加盟国がイメージしていた「科学的捕獲」の規模に収まるならば、外務省だって他国と交渉しやすいだろう。

  • 捕鯨反対“運動”が支える調査捕鯨

 流通業者だって、大半は国産にこだわっているわけではないだろうから、アイスランドやノルウェーといったIWCに加盟していてなおかつ商業捕鯨が可能な国から輸入する鯨肉の品質向上を目指せばいい。需要はそれで十分賄えるほどに縮小している。今後そんな簡単には需要が拡大するとは思えない。筆者はそう確信している。
 「商業捕鯨を再開したら、市場原理で日本の捕鯨会社は潰れるかもしれない」「だから日本の調査捕鯨を止めたかったら、とっとと商業捕鯨を再開させるべき」と、筆者は逆説的に状況を説明してきた。が、もはや商業捕鯨の再開を待つまでもなく、調査捕鯨は立ち行かなくなっているのだ。
 貢献者は間違いなく、食べる気のない日本人と、捕鯨国アイスランドである。その足を引っ張っているのは、日本人の反・反捕鯨感情だけを刺激し続けている手合いの反捕鯨“運動”。日本人のなかにある「反捕鯨団体はけしからんという“世論”」を頼りに調査捕鯨を続ける鯨研や共同船舶の中には、密かにシーシェパードに感謝している人がいるに違いない。
 昨春、3月に南極海から持ち帰られた調査鯨肉は翌4月に販売が告知された。昨夏の北西太平洋(房総半島から根室にかけての沖合)で捕獲された鯨肉は帰港後約2ヵ月で入札販売が開始された。そこからすると、3月31日に大井水産埠頭に入港した日新丸から降ろされた鯨肉は、遅くとも5月末には入札が開始されると思われる。


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写真説明:JR大阪駅前の阪神百貨店梅田本店「阪神食品館」にて4月下旬撮影。鯨肉売り場に並ぶのは、アイスランド産ナガス肉ばかり。不定形の切れ肉が188円/100gで、直方体にカットされたものは283円/100g、解凍状態で売られている。昨年2月には、直方体にカットしたイワシクジラが283円/100gで売られていたが、それは今回はみあたらなかった。調査捕鯨の副産物はベーコンのみだった。調査鯨肉は駆逐されたのだろうか。駆逐されたとするならば、利幅の差が原因と思われる。



佐久間淳子



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