サハリンの開発とコククジラ

日本沿岸には、クジラの仲間でもっとも絶滅を危惧されているニシコククジラ(コククジラのアジア系個体群)が回遊しています。かつて、この個体群は激しい捕鯨圧のため、絶滅したと考えられたこともありました。しかし、70年代半ばに、小さな個体群が生き延びていることがわかったのです。ソ連邦が崩壊したのち、このコククジラについての調査がロシアとアメリカの協力で行われてきました。そして、この個体群は、わずか100頭前後で、繁殖可能なメスは23頭しかいないことがわかったのです。こうした小さな群れは、ほんのわずかのきっかけが絶滅を引き起こす恐れを持っています。しかし、このコククジラの群れに新たな脅威が迫りました。それは、 サハリン島周辺の石油・ガス開発です。

【背景】

北海道の北西部に南北に延びるロシア、サハリン島周辺では、現在計画段階も含めて9つの石油開発があります。そのうち、現在進行中の開発プロジェクトのひとつにサハリン IIがあります。このプロジェクトを推進する「サハリンエナジー社」は、オランダ、シェル社が55%、三井物産・三菱商事があわせて45%の持ち株をもつ現地会社で、1999年から開発を行い、絶滅を危惧されているニシコククジラの主要な餌場であるサハリンの北東部、ピルトゥン湾の北東に石油掘削基地を建設し、氷で海が閉ざされる冬の時期をはずして操業、海上の石油備蓄船から石油を販売してきました。しかし、通年での操業をめざす同社は、その第二次計画として沿岸寄りにもう一基のプラットフォームを建設し、そこから陸までパイプラインを敷設、島の最南端アニワ湾まで、島を縦断する800kmの石油・ガスパイプラインの埋設を計画し、実行に移しているのです。

【絶滅の懸念】

もちろん、この計画による影響は、コククジラだけにとどまりません。パイプライン敷設は1106もの川を横切り、湿地帯や林野部を通ります。日本に飛来する天然記念物で絶滅を危惧されているオオワシ、オジロワシの繁殖するところであり、渡り鳥の休憩するところであり、また、サケが産卵しに遡上する川が流れるところです。建設によるダメージ、そして、今後油とガスを供給し続けることでの油もれ、地震によるパイプ破損事故など、非常に大きなリスクが計画に伴います。特にコククジラについて言えば、彼らが依存しているのは沿岸浅瀬のベントスと呼ばれる底生生物です。サハリンエナジーの石油掘削基地は、母クジラが子育てを行う浅瀬近くにあります。基地建設やパイプライン敷設の騒音や船との衝突事故、施設における事故や座礁による油漏れ、開発によって影響される底生生物の状況に起因した餌の問題など、どれもが致命的な結果を招きかねません。サハリネネジー社はこうした懸念の声に対して、環境影響評価書を作成し、それによって事業を進めようとしました。しかし、その評価書の不備を指摘され、現在新たな報告を出さざるを得なくなりました。そして、コククジラに関しては14人の科学者で構成されたIUCN独立科学調査団にコククジラについての影響についての調査を委託しました。その結果がこの2月16日にでました。

(詳しくは http://www.iucn.org/ 参照のこと)

調査団はもしこれ以上のリスクが増えなくても個体群の絶滅の危険性が存在していることを指摘。現実にリスクが増大していること、また凝縮された影響よりも継続的な影響がより大きな問題となること、コククジラの個体の減少、特にメスの死亡によって絶滅の可能性が高くなると懸念を表明しています。そしてサハリンエネジー社から提供された資料では情報が不十分であって、彼らの提起している影響軽減のための措置などに対して短期間における包括的な評価は難しく、継続したモニタリングでより正確に影響を考慮し、リスクの軽減を図る方策を検討する必要があり、そのためには工事の一時停止、もし無理であれば夏場(6月から11月)のコククジラの母子の索餌時期には餌場での事業を一時停止するようアドバイスしました。

【日本の責任と行動計画策定の必要性】

一方で、調査団は、コククジラへの脅威は石油・ガス開発だけでないことを示唆、11月のIUCNの世界大会での決議を受け継いで周辺各国における保護策の策定を促しています。しかし、日本はこの決議については水産庁の要請で外務省が棄権、当局である水産庁は「大型ヒゲクジラの保護策は禁猟であって、日本はすでに捕獲を禁じている」とコククジラの保護に後ろ向きです。もともと、資源・産業保護の水産庁には野生生物保護のためのツールはありません。90年代にはコククジラの密漁と思われる事件も発覚しました。早急に環境省との共管を図るなどして、保護管理のための制度を確立してもらいたいものです。

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